チコちゃんに叱られる!

2025年04月26日



6年前になりますが、NHK『チコちゃんに叱られる!』で「なぜ虫は夜 光に集まる?」という疑問に対し、チコちゃんが「 お月様と勘違いしているから」と回答していました(2019年7月12日放送)。 

これは「コンパス理論」というやつですね。 

天体の様に事実上、無限遠にある光源は虫がうろうろしてても一定の方角に見えます。 
なので天体はコンパス代わりになるのですね。 
例えば「月が常に右側に見える様に」飛べば、真っすぐ進むことができます。 
しかし人工光源は天体よりずっと近くにあるため、虫がうろうろするとその方向は変わります。 
夜道を歩くと、お月様はずっと同じ方に浮かんでますが、近くのビルはすぐに後方へ流れていきますよね? 
アレと同じです。 
虫は後方へ流れた光源が「ちゃんと右側に見える様に」軌道修正します。 
それを何度も繰り返すうち、虫はいつの間にか螺旋を描いて灯火に向かうことになります。 

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これはとてもエレガントな説明で、私も大好きです。 
…が、虫の走光性を説明する理論はいろいろあります。 
主な理論は4つ。 


◉【オープンスペース理論】 
昆虫はめちゃめちゃ普通に光を目指してるよ説。 
通常、藪の様に囲まれた場所から抜け出るには明るい方に行けばよい…という訳ですね。 

◉【コンパス理論】 
虫は人工光源をお月様と勘違いしてるよ説。 
チコちゃんが紹介してた理論です。 

◉【マッハバンド理論】 
逆に暗い方へ行こうとしてるんだよ説。 
走暗性を持つ虫が、「光源近くは周囲より暗く見える」という錯視により、結果的に光に近づくのだ、と説明。 

◉【エッジ仮説】 
虫は光ではなく、光と背景の境目(エッジ)を目指してるんだよ説。 
枝や葉などに止まろうとするなら、エッジを目指すのは良い方法です。 

【その他】 
◉人工照明の赤外線がガの雌が出すフェロモンの赤外線に似てるからだよ説 
◉ガはまぶし過ぎて目がくらむと光源方向に曲がっちゃうんだよ説 

これらの中ではエッジ仮説が新しく、また実験結果によっても有望視されています。 
虫が「正確にはどこを目指しているか」は各理論によって微妙に違いますからね… 
それが判る様な精度の高い実験を行い、 
◉明るい場所を目指してるなら、オープン理論 
◉螺旋を描いて光源に近づくなら、コンパス理論 
◉光源のちょい横を目指すなら、マッハバンド理論 
◉エッジを目指すなら、エッジ仮説 
にそれぞれ有利です。 

…しかし「虫の走光性」というざっくりした性質の全てを単一の理論で説明する必要はないでしょう。 
これらのうちいくつか、あるいは全ての組み合わせが正解という可能性もあります。 
これは
「シンプルな説明こそが正しい」
「余計な説明を増やしてはならない」
という経験則、いわゆる『オッカムの剃刀』に反する様に思えるかもしれません。 
しかし医療の世界では『オッカムの剃刀』と同時に『ヒッカムの格言』も併用するんじゃよね~… 

『ヒッカムの格言』とは、 
『人は嫌になるほど多くの病気を持つ事が出来る』 
というもの。 
通常、医師は『オッカムの剃刀』に従い、複数の症状を単一の原因で説明しようとします。 
例えば咳と熱が出る患者がいれば、「咳と熱はそれぞれ別の病気から来ている」とは考えず、「咳と発熱をともなう病気」を疑うものです。 
しかし高齢の患者などでは複数の疾患を抱えているのは普通にあることなので、別々の原因も検討するのです。 


…この様に、物事を説明するのに諸説あることは珍しくなく、例えば「シマウマの縞はなぜあるのか」についての説は… 

◉【背景に溶け込む迷彩だよ説】 
哺乳類は概して色弱なので、あれでもカモフラージュ効果はある、という考え方も。
《反論》
縞のある哺乳類は通常、森林に暮らすことが多い。 
シマウマはひらけた草原にいるので迷彩効果は低いのでは? 

◉【集団になって模様が重なるとどこまでが1頭か判別しにくくなり、数や向いてる方向が分からなくなるんだよ説】 
《反論》
言うほど密集しないでしょ。 

◉【シルエットが分かりにくくなり、大きさやスピード・進む方向を把握されにくくなるんだよ説】 
実際に「ダズル迷彩」という名で戦艦や空母に施されたことあり。 

◉【群れの中で個体を見分けるのに必要だよ説】 

◉【白い部分と黒い部分の温度差で気流が生まれ涼しくなるよ説】 
実際に3℃温度が下がるという実験データがあるよ。 
《反論》
このサイズの縞では気流は生まれへんやろ。 
『ダーウィンが来た!』の実験では効果なし(ただしTV番組による実験なので厳密ではないかも) 

◉【吸血性昆虫の視覚上の理由により、縞があると虫に刺されにくいんだよ説】 
縞のある布を巻くと吸血される率が1/4になるという実験結果あり 

◉【縞模様は単に作りやすいから作られるんだよ説】 
生物の複雑な模様も、反応拡散方程式によるチューリング・パターンとして説明できちゃう。 
《反論》
興味深いけどそれは「個体発生の中でその形質がどの様に獲得されるか」の話。 
ここで問われているのは「究極要因」、つまり縞が維持される進化上の理由であって、全く別の話やろ。
縞模様は捕食者から目立つので、何かそのリスクを超えるメリットがないと。 

…とコレくらいあります。 
かなり説得力のあるものもありますが… 
逆に「縞のないウマも普通にいる理由」も説明しないといけないしなぁ… 

シマウマは3種類いるのですが、これらが単系統なら、 
「縞の進化はウマの系統の中で1回だけ起き、その子孫のシマウマたちがそれを共有派生形質として受け継いだんやろ」 
で済ませられるのですが… 
シマウマはウマの系統の中に点在しており、それぞれ近縁ではありません。 
つまり3種のシマウマに縞があるのは「他人の空似」であり、縞は少なくとも3回に渡って独立に獲得されてるのです。 
ということは、よほどのメリットがあるからこそ何度も進化したっぽいですよね? 
なのに他のウマたちは縞なしでやってるという謎。 

その割に3種の模様はなぜ違うかというと、発生上のタイミングの違いだけ… 
3種とも発生のどこかの時点で胚に縞が入るのですが、それがちびちゃい段階で起きるのか、それともそこそこデカなってから起きるのかによって縞の太さやパターンが変わる模様。 
というのも、どの段階で縞が入っても、縞の幅はほぼ一定なのです。
例えば胚が10cmの時に縞が入る種でも、20cmの時に入る種でも、縞は必ず1cm幅で入るとすれば、後者の方が縞は2倍細かくなりますよね。(※数字は仮想上のものでテキトーです)
また早い時期に縞が入ると、その後のプロポーション変化が激しいので縞は乱れがち。
縞が太い種ではお尻あたりの縞が特に太くなってたりするよね。

ちなみに私が小学生の頃、給食で配られるマーガリンの袋には『ダチョウの卵はニワトリの卵の30倍』といったトリビアが載ってました。 
この豆知識はほんの数種類しかなく、それを6年間に渡って読ませられ続けるという。
そのひとつに『シマウマは毛をそってもシマがある』というのがあったのですが… 
どうもこれガセビアっぽい。 
後年、動物番組で「シマウマの地肌は何色か?」的な問題があり、「シマがあるんやろ?」と思ってたら、正解は「地肌は黒一色」。 
しかも証拠映像つき… 
私は何のために給食中に嘘を教え込まれてたのか… 
なお、トラは地肌も縞模様、ホッキョクグマの地肌は黒いらしいです。 


そんなこんなで諸説出揃っても「これや!」と決まることはなかなかありません。 
なのにメディアでは特定の説だけがあたかも正解であるかの様に扱われがち…。


特に「周期ゼミ」の謎に関しては、新説を唱えた研究者が「俺が謎を解いたどー!」的にアピールしまくり。

周期ゼミとは北米に棲むセミで、13年周期や17年周期で大発生(羽化)するので「素数ゼミ」とも呼びます。 
13年とか17年とか羽化にやたら時間がかかり、しかもなぜか素数… 
おまけに毎年羽化する訳ではなく、それぞれの地域で羽化が起きるのは13年おきとか17年おきだけです。 
ふしぎ不思議。 

有力な説としては「捕食者や寄生者の生活環とカブらない様に大きめの素数を選んでるんだよ」という説があります。 
例えば16年周期だと、2年・4年・8年おきに出現する捕食者や寄生者に毎回襲われることになります。 
しかし17年周期なら素数なので1か17でしか割り切れず、17年周期の気の長い敵が出てこない限り安全。 
これまたエレガントで興味深く、さらに寄生者という深刻なリスクに注目してて私は好き。 

しかしそこへ吉村仁という研究者が別の説を提唱。 
これは 
◉周期ゼミが長命なのは、氷河に囲まれた比較的寒冷な気候で栄養の少ない木の根の汁を吸ってゆっくりと成長する様に進化したから 
◉周期が素数なのは、別の周期のセミとの交雑を減らすため。 
交雑種は子孫を残せなかったり、残せても周期が変わってしまう可能性がある。 
他の個体がいない年に自分だけ羽化するとパートナーを見つけにくくなってしまう。 
そこで公倍数の少ない素数を周期にする様になった

 
…というもの。 
面白いアイデアではありますが… 
この人、従来の説が完全否定された訳でもないのに「俺が! 俺が謎を解きました!」的な、自説のみを正解とする感じがちょっと苦手。 


チコちゃんも同様で、コンパス理論は素晴らしいけど、それだけを紹介して唯一の説明の様な顔をするのはちょっと違うと思うのです。 



…と、このエントリをまとめたところで念のために資料をチェックしてたら… 
近年の研究ではシマウマは単系統とされてる模様。 
マーガリンの袋に続き、またもやわざわざシマウマに関するガセビアを教えられてたんか… 
ディス・イズ・バイオロジー! 

さらに虫については↓こんな新説まで出てました。


【ナゾロジー】
『夜の虫たちは「光に集まっているつもりはなかった」と判明!』

https://nazology.kusuguru.co.jp/archives/145178#



「虫は小さくて重力の影響を受けにくいので、上下方向を知るのに重力はあまり役に立たない。
そのため、彼らは背中に光を受ける様に飛行している。
その性質のせいで、灯火の近くにとらわれてしまうのだ

ということの様。





(00:30)

2022年07月06日


【これまでの石川幹人シリーズ】



◉石川幹人が「進化心理学の第一人者」になってる件(前編)

http://wsogmm.livedoor.blog/archives/13981620.html


◉石川幹人が「進化心理学の第一人者」になってる件(後編)

http://wsogmm.livedoor.blog/archives/13981688.html


◉超能力は進化するか? 石川幹人その2

http://wsogmm.livedoor.blog/archives/13981705.html


◉話のレイヤー 石川幹人その3

http://wsogmm.livedoor.blog/archives/14029379.html


◉石川幹人がASIOSにいる件 石川幹人その4

http://wsogmm.livedoor.blog/archives/14029401.html


◉ASIOSの愉快な仲間たち 石川幹人シリーズ番外編

http://wsogmm.livedoor.blog/archives/14029805.html


◉「ヒューマニエンス」嘘回の嘘 石川幹人その5

http://wsogmm.livedoor.blog/archives/14030240.html





またしても石川幹人が『チコちゃんに叱られる!』に出演。 
またしてもやらかし発言。 

2022年4月22日放送回、お題のひとつが「穴があったらのぞきたくなるのはなぜ?」でした。 
それに対する石川幹人の解答は、 
「穴の中に良いものがあると刷り込まれているから」 
というもの。 


…いや、生物学で「刷り込み」と言えば、普通はインプリンティング、つまりは学習のことでしょ… 
Wikipediaの説明によれば↓こう。 

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刷り込み(すりこみ、imprinting)とは、動物の生活史のある時期に、特定の物事がごく短時間で覚え込まれ、それが長時間持続する学習現象の一種。刻印づけ、あるいは英語読みそのままインプリンティングとも呼ばれる。 
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石川幹人の言い方だと、学習の成果が遺伝してるみたいに聞こえるんですけど。 
獲得形質の遺伝はとっくに否定されてるのに。 

番組内での発言は↓こう。 
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(石川幹人) 
穴があったらついのぞいてしまうのは穴の中に良いモノがあるかもしれないと生まれる前から刷り込まれているからなんです。 
私たちの先祖がまだ狩りをしていた時代の生物学的本能が今でも残っているんですね。 

(中略) 

(ナレーター) 
今からおよそ100万年前、人類の祖先が命がけで野生動物を捕獲し生活していた時代、その狩りで学んだことは、穴があればまずはのぞいてみるということでした。 

(石川) 
食べ物を探しに行くと、木の幹や地面に穴がありました。 
穴をのぞいたところ、そこは生き物のすみかで、簡単に小動物を見つけることができたのです。 
穴をのぞくと良いモノが見つかるかもしれないという好奇心がある人が食料を見つけやすく、生存競争に勝てたのです。 

(ナレーター) 
生きのびるために穴をのぞく、この本能が私たちにも受け継がれていると先生はおっしゃいます。 
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…やはり『刷り込まれている』『その狩りで学んだことは』と、学習ベースの表現が… 
一方で「進化心理学者」の割に、自然選択への直接的な言及は全くありません。 
一応『生存競争に勝てた』『この本能が私たちにも受け継がれている』と、自然選択の基盤である「生存率の差と遺伝」に言及してはいますが… 
普通、誤解のない様に「獲得形質の遺伝」めいた表現は避けて、「自然選択」を強調するよね? 

これまでの検証からも石川幹人は進化論をちゃんと理解してないことが窺えるので、今回のも「誤解を与える表現をしちゃってる」というか、それ以前に「ご本人があまり解ってないんじゃ…?」という印象。 

そもそも「穴があったらのぞきたくなるのは、中に良いものがあると刷り込まれているから」というのは石川幹人がそう主張しているだけ… 
そういった形質に遺伝的基盤があるとか、進化心理学的な論文があるとかいった裏付けは何もありません。 
今回もかよ。 

あるいは逆に、「穴を覗く」という行動は100万年前というごく最近の先祖に由来するのではなく、(例えばシロアリ釣りをするためにアリ塚を覗くチンパンジー等)ヒトがヒトになる以前に出現し維持されてきた行動なのかもしれません。 
多くの種にごく普遍的に見られる形質である可能性もあります。 
…が、石川幹人はそういうことは考えない様です。 


そのかわり、番組ではこんな実験が行われます。 
動物園に覗き穴の付いた箱を設置。 
箱の中には(石川の指示で)ホワイトタイガーらしきぬいぐるみと『本能に忠実ですね』という張り紙が。 

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…しかし誰も覗かずスルー。 
箱に『覗かないでください』と大書された張り紙をしたら、ようやく覗く人がいくらか出現。 


…いや、ソレだともはや「穴があると覗きたくなる」実験じゃなくて、「禁止されると却ってやりたくなる」というカリギュラ効果についての実験やろ。 
しかし石川幹人はこの件に関してどこ吹く風で 
『好奇心が高い人は、禁止されるとより好奇心が大きくなってなおさら覗いてしまう、本能に忠実な人と言えるかも』 
と言い放ちます。てきとう~! 


「のぞく人が少なかったのは、動物園では他に興味をひかれるものがたくさんあるからでは?」 
ということで商店街でも実験を続けますが…やはり完全スルーされ、張り紙作戦を展開。 

…で、この商店街の実験、箱の後ろに等身大のネコキャラ人形があるのが気になります… 

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調べてみたところ、戸越銀座商店街のゆるキャラ「戸越銀次郎」でした。 
商店街の案内所「ほっとスポット」前に設置されてる模様。 

…つまり穴を覗きに行くと、中にホワイトタイガーがいたり、背後に人間サイズのネコがいる訳ですね。 
とっても危険。 
大型のネコ科動物は、先史時代には人類の主な天敵ですよ…? 
なんか子供を抱えて中を覗かせてる親もいるし。一家4人で動物園か。おめでてーな(なつい)。 

実際、穴を覗くことには「食べ物が見つかる」というメリット意外に、危険との遭遇というリスクもあり、両者はトレードオフ(交換取引)関係にあったりする筈ですが、石川幹人がその辺を考慮した形跡は全くありません。 

海外ドラマ『ビッグバン☆セオリー ギークなボクらの恋愛法則』でも、天才博士のシェルドンが 
「僕の叔父さんは煙突の掃除をしていてアナグマに襲われて死んだんだ。獰猛な動物に素手で挑む様な、うかつな遺伝子が僕にも受け継がれてるかもしれない」 
みたいなことを言って心配するシーンがあります。 

穴を覗く時も、穴を覗くことの適応的な意味を語る時も、もうちょっと慎重にした方が良くないですかね…? 





(00:02)

2022年03月25日


さてさて今回取り上げるのはコレ。 

『生物学的に、しょうがない!』という本。 
…うわぁ、タイトルからしてやらかしてるぅ! 

「どうである」から「どうであるべき」を導出しちゃうのは『ヒュームの法則』に抵触する、所謂『自然主義的誤謬』です。 

「生物学的に◯◯であるから◯◯をしても許される」と言うのであれば、例えば「レイプは繁殖戦略の1つであり、男性にはそうするような生物学的傾向がある」のならば、レイプしても許されることになっちゃうよ? 


著者は石川幹人で、表紙に刷り込まれた肩書は『進化心理学者 明治大学情報コミュニケーション学部教授』。 

…え? 

石川幹人が進化心理学者…? 
この人、超能力研究とかする超心理学の人でしょ…? 


NEWSCAST 
『生物学的に、しょうがない!』著者の石川幹人先生「チコちゃんに叱られる!」出演 
https://newscast.jp/news/5974741 


↑このサイトによれば、 

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明治大学教授で、進化心理学の第一人者である石川幹人氏は『生物学的に、しょうがない!』(サンマーク出版)を上梓したばかり。 
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…ええっ…? 

石川幹人が進化心理学の第一人者? 

…いつから? 

発行は船井総研などのトンデモ本でおなじみ、僕らのサンマーク出版です。 
表紙には「無罪」と書かれた紙を掲げた人物が描かれています。 

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目次を見てみると… 
例えば、 

・人前で話すの苦手なの、しょうがない! 
・不安になっちゃうの、しょうがない 
・イライラしちゃうの、しょうがない! 
・片付けられない、捨てられないの、しょうがない1 
・雨の日に出かけたくないの、しょうがない! 
・SNSで疲れてしまうの、しょうがない! 
・占いに頼ってしまうの、しょうがない! 
・ブランド品が好きなの、しょうがない! 

…こんな感じの「しょうがない!」が51項目にわたり並んでいます。 


まず「はじめに」の部分を要約してみます。 
まぁ前書きの類は、例えばただの海外ジョーク集やヘイト本であっても「相互理解のために」とか書いてあったりするので鵜呑みにできないこともあるのですが… 。
『』に入った部分は原文ママです。 


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

はじめに 

『「生物学的にしょうがない」「人間だって動物なんだから」 

こんな言い方は嫌われてきました。でも私は、「見直すべき時が来た」と考えています。なぜなら、こう考えることで多くの悩みが解消できるからです。』 

人生には「頑張ればなんとかなること」と「がんばってもしょうがないこと」があります。 
「それをやるくらいなら死んだほうがマシ!」と思うのはしょうがないのです! 

『「それは嫌だ!」と思うことが生物として遺伝子に組み込まれてしまっているからです。』 

それは右肘を右手で書こうとしてイライラしているのと一緒です。 

『あなたが不恰好でも、性格が悪くても、欲求に歯止めがかからなくても、そして空を自由に飛べなくとも、あなたのせいではありません。なぜなら、遺伝子の指令が強力だからです!』 

『あなたには「あなたの遺伝子」が、他の人には「その人の遺伝子」があります。 

だから、他人にできることであなたにできないことがあるのは、当然です。同様に、あなたにはできるけど他人にはできないことも、必ずあるはずです。 

『(ちなみに右肘を右足でかけるのは私の自慢です。飼い猫の真似をしながら練習しました)』 


『確かに「努力を重ねなさい」というのは、有効な助言です。 
ただ、多くのみなさんがうすうす気づいているように、人間の努力の総量の方にも生物学的な限界があります。努力を続けている人は、その才能や個性が興味ある対象とぴったり合致したので、限られた努力をそれに向け続けているのです。』 


『幸福な人生を送るために、まずやるべきこと。 

それは、ひとりの人間として、どれをがんばるべきで、どれを諦めるべきかを見極めることだと、私は考えます。』 

『そこで本書では、生物学的にがんばってもしょうがない、代表的な51項目をご紹介していきます。 

諦めるために使ってもよし! 逆に、あなたにとってその項目が難なくできることなら、それは間違いなくあなたの武器であり、個性になりえます。 

「がんばってもしょうがないこと」と「がんばればどうにかなること」の分岐点で迷わないよう、本書はあなたの人生の地図となるはずです!』 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


『ちなみに右肘を右足でかけるのは私の自慢です。飼い猫の真似をしながら練習しました』 

って…「しょうがない!」と諦めずに練習してんじゃねーか! 
しかも遺伝子が全く異なる猫の真似してんじゃねーか! 

そして全体的には要するに「苦手なことを無理矢理するよりも、得意なことを伸ばしましょう」という、比較的 当たり前なことを言っているだけでは… 
まぁ「生きづらい世の中を生きるための、心を楽にするメソッド」としてはわからなくもないですが。 

各項目は読んでみると面白いし、勉強になることも多いです。 
私は問題が解決しなくても理由が分かれば意外に納得できるタイプですしね…。 
でも最後は大抵「しょうがない!」という、諦め&現状肯定… 
それならいっそのこと、「全て決定論により他に選択肢がないのだから仕方がない、とあきらめなさい」でも同じでは…? 
あとその割に「もう少し○○してみては」的な、ちっともしょうがなくないアドバイスがしばしば入るのも謎。 


では具体的に問題点を指摘していきましょう。 

【反復説】 

P.49 
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胎児の初期に魚のような体形のときがあると聞いたことがある方もいるでしょう。胎児は、生物進化の過程をたどって成長します。だから、新しい脳はもっとも後になって発達するのです。 
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P.242 
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前述したように、胎児の時期には進化の歴史に従って身体が形成されます。脳でいえば、古い脳から始まってだんだんと新しい脳が作られるのです。 
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…それ、「個体発生は系統発生を繰り返す」という反復説やん! 
そんなん今ドキ信じてる奴なかなかおらんわ… 

反復説の説明と問題点については以下のエントリを参照。 


【『ヒューマニエンス』がいろいろやらかしてる件】
http://wsogmm.livedoor.blog/archives/12835609.html


【群選択】 

P.95 
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そうした環境では、天気に左右されないで元気よく仕事に出かける人々の集団と、雨の日は静かにしている人々の集団で、どちらが生き残りやすいでしょうか。 
当然、後者ですよね。生き残った私たちは、「雨降りでふさぎ込む心理」を獲得した人々の末裔なのです。
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石川幹人はこれと似た説明で『チコちゃんに叱られる』にも出演してましたな。 
曇りの日に憂鬱になる理由について解説してたのですが、その時は「雨の日は休息モードの人」「天気に関係なく活発な人」「晴れの日に休息モードの人」の生存率の差から、曇りだと優津になる形質が進化した、と説明していました。 

しかし本書では…「○○な個体と△△な個体の生存率の差」ではなく、「○○な集団と△△な集団の生存率の差」について語っとる~!? 
ソレ「群選択」や… 

しかも普通、群選択は利他行動について語るものでしょ…。 
「命がけで集団の利益のために尽くす個体」の群は、「自分ファーストな個体の群」より結束力がある分、強いですよね。 
したがって、「利他主義者の群」は「利己主義者の群」を打ち破り、生き残る筈です。 
これが集団間で選択が起きるという「群選択」です。 
ところが、「利他主義者の群」に利己主義者が(移入や突然変異によって)入り込むと、自分は犠牲を払わずに強い群の利益だけ享受する利己主義者の方が有利なため、「利他主義者の群」は遠からず利己主義者に置き換わり、「利己主義者の群」に変質してしまいます。 
集団間では利他主義が強いのですが、個体間では利己主義が強いのです。 
そのため、実際には群選択は殆ど成立し得ません。 

近年、この素朴な群選択とは別口で、「マルチレベル選択」という新たな形の群選択も提唱されてはいます。 
が、このへんは主に科学哲学の領域で、生物学者はあまり興味を持っていない様です。 
そもそもマルチレベル選択は典型的には「血縁選択を別の表現で記述したもの」なので、掘っても何も出てこないし。 
しかもコレを急に持ち出す学者が結局この理論をちゃんと理解してなくて、結局は素朴な群選択を復活させたいだけっぽかったりしがち…。 

ヒトの進化にはこのマルチレベル選択が当て嵌まるのでは、という話もありますが、そういうことをきちんと理解してる人はただでさえややこしいこの分野で、「素朴な群選択の話をしている」という誤解を招く表現はしないものです。 
結局、特に説明もなく群選択っぽい話をしちゃう人というのは大抵の場合、何も考えずに素朴な群選択に陥ってるだけ… 
指摘されて後から「アレは実はマルチレベル選択の話で…」などと事後的に救出するのはかなり無理筋なので念のため。 

それでも利他行動の文脈で集団レベルの選択について語るのならまだ理解できますが… 
「雨降りでふさぎ込む」とかにわざわざ集団を持ち出す意味、あります…? 

この間違いは単なるうっかりミスではなく、あちこちで何度もくりかえされます。 


P.108 
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しかし、そういった社会制度が整っていない頃の集団では、仲間による相互監視が違反の大きな抑止力になっていました。仲間の目を気にする人が多い集団の方が、行動の統制が取れて強い集団となり、生き残りやすかったのです。 
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はい、コレも同じ。 


P.155 
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人間が生殖年齢を過ぎても長生きできるようになったのは、狩猟採集時代に次の世代を保護し学習させる役割が生じたため。長生き遺伝子が(特に母親に)ある集団の方が選択的に生き延びた結果である(だから女性の方が長生き)とされています(第6章)。 
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コレも。 


P.239 
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狩猟採集時代の協力集団では、子供をもうけられない高齢者の貴重な役割が生まれたのです。狩猟採集に使う道具を作成するノウハウや、協力集団をよりよく運営できる知恵を年長者が提供するようになりました。これにより、生殖年齢を過ぎた高齢者が生き残る「集団としての意義」が出てきたのです。 
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コレも。 


P.240 
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こうして人類は、子孫を残すのに加えて、知識や文化を集団として継承していくことにも意義を見出したのです。しかし、考えてみるとそれももとをただすと、集団として子孫をよりよく残していく手段であったわけです。 
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コレも。 


P.146 
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バラマキ戦略のオスは、多少死んでしまっても次の世代の種づけに問題がないので、オス同士が戦って「強いものが生き残る」のが哺乳類に広く見られる傾向です。 
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これは集団から見た利益について語っちゃう「種の利益」論ですね。 
やはり「個体の利益」よりも「種(集団)の利益」を重視する点で、群選択と同じです。こんなん、竹内久美子ですら明快に否定してますけど? 


P.161 
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向こう見ずな人も男性に多いですよね。冒険して、多少死んでしまっても、精子の数は十分にあるので成功率の低いことにイチかバチかで挑戦するように男性は進化しています。 
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これは一見すると「精子の数」という、オスの個体から見た話をしている様に見えますが、文脈から言えば「種(集団)にとっての精子の数」について論じている様に思えます。 
やはり「種の利益」では? 

「反復説」「群選択」「種の利益」…「進化論よくある誤解」的トラップに全部引っかかってはりますけど? 
これが『進化心理学の第一人者』が書いた本なの? 


P.181 
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メスのシカから見ても、オスのディスプレー行動には大きな利点があります。重く大きな角は維持するのが大変なので、(※1)無理をしてそれを実現できるオスは強く健康であることを示しています。結果的に、(※2)立派な角を作る遺伝子が生き残っていくのです。 

※1 生存に直接必要と思えない装飾が進化する原理で「ハンディキャップ理論」と呼ばれます 

※2 諸事情の限界までとめどもなく立派に進化することが知られ「ランナウェイ現象」と呼ばれます 
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…ハンディキャップ理論とランナウェイ説を同時に適用するのはアカンやろ… 


Wikipedea:『ハンディキャップ理論』の項より 
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この説は本来性選択説のランナウェイ説に対する批判から生まれた。 
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Wikipedea:『性淘汰』の項より 
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配偶者選択にどのようなメカニズムが働いているかを示す理論モデルは大きく二種類に分けられる。一つはランナウェイ説のように、メスの選好の基準が生存上の有利さとは無関係な場合、そしてもう一つはハンディキャップ説や指標説のように生存上の有利さに繋がる形質を選好の基準にしている場合である。後者のような生存上の有利さに繋がる選好をしている場合を総称して優良遺伝子説と呼ぶこともある。 
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※字数制限により2分割。後編へ続く。 





(23:51)

2022年03月19日


コロナ禍に乗じて福岡伸一がトンデモ発言をしていたので取り上げておきます。 

福岡伸一については少し前に、下記のエントリでこう評しました。



【科学的にも正しく尊い「男系男子」?】 
http://wsogmm.livedoor.blog/archives/9846059.html


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ちなみにこの福岡伸一は…なんていうか全体論者的な人物で、「還元論だけでは説明できないんじゃよー」みたいなことを言う割に、じゃあ全体論で何が説明できるのかというとその辺は曖昧という、「スティーヴン・ジェイ・グールド日本版」みたいな人という印象。 
まぁ「ホリスティック医学」とかの全体論めいた主張とか、現代ダーウィニズムを批判して「構造主義生物学ガ―!」と吠えてる池田清彦とか、あの辺って「掘っても結局何も出てこない」気がするよね…個人的にはそれと同じフォルダにしまってます。 
…が、この人、発言はソツがないというか、間違ってはいないんですよ。 
見事に正統的な説明をしてくる。 
ただ「全体論者の筈のあなたがその還元的説明を持ち出す…?」とは思いますが… 
竹内久美子なんかよりははるかに正確。 

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…と、あまり褒めも否定もしなかったのですが…。 
朝日DIGITALに↓こんな記事が。 


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テーマ特集新型コロナウイルス 
アピタル 
「ウイルスは撲滅できない」福岡伸一さんが語る動的平衡 
2020/4/6 5:00 有料会員限定記事 
青山学院大学教授・生物学者の福岡伸一さん 

 ウイルスとは電子顕微鏡でしか見ることのできない極小の粒子であり、生物と無生物のあいだに漂う奇妙な存在だ。生命を「自己複製を唯一無二の目的とするシステムである」と利己的遺伝子論的に定義すれば、自らのコピーを増やし続けるウイルスは、とりもなおさず生命体と呼べるだろう。しかし生命をもうひとつ別の視点から定義すれば、そう簡単な話にはならない。それは生命を、絶えず自らを壊しつつ、常に作り替えて、あやうい一回性のバランスの上にたつ動的なシステムである、と定義する見方――つまり、動的平衡の生命観に立てば――、代謝も呼吸も自己破壊もないウイルスは生物とは呼べないことになる。しかしウイルスは単なる無生物でもない。ウイルスの振る舞いをよく見ると、ウイルスは自己複製だけしている利己的な存在ではない。むしろウイルスは利他的な存在である。 
福岡伸一さんの連載「動的平衡」はこちら 
 今、世界中を混乱に陥れている新型コロナウイルスは、目に見えないテロリストのように恐れられているが、一方的に襲撃してくるのではない。まず、ウイルス表面のたんぱく質が、細胞側にある血圧の調整に関わるたんぱく質と強力に結合する。これは偶然にも思えるが、ウイルスたんぱく質と宿主たんぱく質とにはもともと友だち関係があったとも解釈できる。それだけではない。さらに細胞膜に存在する宿主のたんぱく質分解酵素が、ウイルスたんぱく質に近づいてきて、これを特別な位置で切断する。するとその断端が指先のようにするすると伸びて、ウイルスの殻と宿主の細胞膜とを巧みにたぐりよせて融合させ、ウイルスの内部の遺伝物質を細胞内に注入する。かくしてウイルスは宿主の細胞内に感染するわけだが、それは宿主側が極めて積極的に、ウイルスを招き入れているとさえいえる挙動をした結果である。 
ここから続き 
 これはいったいどういうことだろうか。問いはウイルスの起源について思いをはせると自(おの)ずと解けてくる。ウイルスは構造の単純さゆえ、生命発生の初源から存在したかといえばそうではなく、進化の結果、高等生物が登場したあと、はじめてウイルスは現れた。高等生物の遺伝子の一部が、外部に飛び出したものとして。つまり、ウイルスはもともと私たちのものだった。それが家出し、また、どこかから流れてきた家出人を宿主は優しく迎え入れているのだ。なぜそんなことをするのか。それはおそらくウイルスこそが進化を加速してくれるからだ。親から子に遺伝する情報は垂直方向にしか伝わらない。しかしウイルスのような存在があれば、情報は水平方向に、場合によっては種を超えてさえ伝達しうる。 
 それゆえにウイルスという存在が進化のプロセスで温存されたのだ。おそらく宿主に全く気づかれることなく、行き来を繰り返し、さまようウイルスは数多く存在していることだろう。
 その運動はときに宿主に病気をもたらし、死をもたらすこともありうる。しかし、それにもまして遺伝情報の水平移動は生命系全体の利他的なツールとして、情報の交換と包摂に役立っていった。 
 いや、ときにウイルスが病気や死をもたらすことですら利他的な行為といえるかもしれない。病気は免疫システムの動的平衡を揺らし、新しい平衡状態を求めることに役立つ。そして個体の死は、その個体が専有していた生態学的な地位、つまりニッチを、新しい生命に手渡すという、生態系全体の動的平衡を促進する行為である。 
 かくしてウイルスは私たち生命の不可避的な一部であるがゆえに、それを根絶したり撲滅したりすることはできない。私たちはこれまでも、これからもウイルスを受け入れ、共に動的平衡を生きていくしかない。

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…ちなみに当初はこの記事、後半は有料だったのですが、「コロナ禍だし今だけ無料!」という扱いだったので無料で読めました。 
なおその後、朝日新書『コロナ後の世界を語る 現代の知性たちの視線』 に収録された模様。 

さて、早速 気になる部分を再度引用してツッコんでいきたいと思います。 

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生命を「自己複製を唯一無二の目的とするシステムである」と利己的遺伝子論的に定義すれば、自らのコピーを増やし続けるウイルスは、とりもなおさず生命体と呼べるだろう。しかし生命をもうひとつ別の視点から定義すれば、そう簡単な話にはならない。それは生命を、絶えず自らを壊しつつ、常に作り替えて、あやうい一回性のバランスの上にたつ動的なシステムである、と定義する見方――つまり、動的平衡の生命観に立てば――、代謝も呼吸も自己破壊もないウイルスは生物とは呼べないことになる。しかしウイルスは単なる無生物でもない。
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…利己的遺伝子論はウイルスを生命体と捉える…? 
ドーキンスそんなこと言ってない。 
そもそもドーキンスは「自己複製するのは生物だけとちゃうで。例えば文化もそうやで」という立場で、文化の自己複製子を「ミーム」と名付けてます。 

福岡伸一は「動的平衡」をキーワードにしてて、コレをやたらゴリ押ししてきます。 
そしてすぐに自分が間違いだと見做すものと「動的平衡」を並べて「この単純で素朴な考えに比べて動的平衡はしなやかで深遠」みたいな顔をするのですが… 
コレ、ちょいちょい相手が言ってもいないことを批判する「藁人形論法」なんよね…。 


例えば福岡伸一は『ツチハンミョウのギャンブル』という本を出しているのですが、コレは週刊文春連載時は『パンタレイ パングロス』という、韻を踏んだタイトルでした。 
福岡伸一自身の言葉によれば、パンタレイ主義とは『あらゆることは偶然で、すべては移ろっていく』、パングロス主義は『すべては宇宙の偉大なる設計者によってあらかじめ計画・配剤されている』ということらしいです。 
もちろん福岡伸一は前者を肯定し、後者を否定しているのですが… 

え、パンタレイとかパングロスってそんな意味ですっけ…? 

「パンタレイ」(panta rhei)の意味はヘラクレイトスの「万物は流転する」ですね。 
こちらは「大体合ってる」感じですが、「偶然」の要素までこの言葉に入れちゃうのは強引な気が。 

そして「パングロス主義」はヴォルテールの『カンディード、あるいは楽天主義説』に登場するパングロス博士に由来します。 
パングロス博士は「鼻は眼鏡をかけるためにある」とか言っちゃう人物。 
ダーウィニズムは大変切れ味が良いのですが、それ故に時にやり過ぎます。 
証拠もなしに何でもかんでも「この形質は○○という目的のために進化したのだ。全ては適応の結果なのだ」とする行き過ぎた適応論をこのパングロス博士になぞらえて「パングロス主義だ」と批判したりするのですね。 

…つまりコレ、ゴリゴリのウルトラダーウィニストを指す言葉で、『すべては宇宙の偉大なる設計者によってあらかじめ計画・配剤されている』という創造論的な考え方とは真逆じゃねーか! 



で次。 

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ウイルスの振る舞いをよく見ると、ウイルスは自己複製だけしている利己的な存在ではない。むしろウイルスは利他的な存在である。 
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…う~ん、コレは利他とか利己という言葉の定義が混乱してるなぁ…。 

まず利己行動とは「自分の自己複製を有利にする行動」、利他行動とは「自分の自己複製を犠牲にして他者の自己複製を助ける行動」のことな訳ですよ。 
利他行動をする生物は自分の自己複製を犠牲にしている訳ですから、仮に現れても増えることなく消えていきます。 
つまり真に利他的な生物は定義により、長く存続することはできません。 

でも一見すると利他的に見える行動はしばしばあります。 
これを利己的遺伝子説は「一見すると利他的に見える行動も、よく見ると遺伝子レベルでは利己的なのだ」と説明します。 
この「一見するとそう見える」というゆるい意味では、「利他行動は実は利己行動の一形態である」という訳ですね。 
その意味では利己的遺伝子説は「生物は利己的であり、利他的ではありえない」とは言ってません。 
むしろ「どうして生物はしばしば利他的に見えるのか」を説明するために利己的遺伝子説が生まれたのです。 


つまり「○○は利己的ではなく利他的」という言説は 

・【厳密には…】 → 「定義により」ありえない 

・【ゆるい意味でなら…】 → そもそも利己と利他は対立するものではなく、利他は利己に内包される 


…ということですから、どっちに転んでも間違いです。 



ちなみに村上和雄というトンデモさんがいるのですが、この人も同様の発言をしてました。 
たしか『ナイトサイエンス教室〈1〉生命の意味』という著作だったと思うのですが、「僕は利他的な遺伝子というのもあると思う。それについてドーキンスとやりあってもいい」みたいなコト言って「この人、分かってNEEEEE!」感を醸し出してましたな。 

なお、この人は著者紹介で「ノーベル賞に一番近いとされる科学者」と書かれてたりするのですが【註1】…
それってソースは何ですか? 

村上和雄は遺伝子にオンオフのスイッチがあるという事実から『君のやる気スイッチをオンにする遺伝子の話』とか『スイッチ・オンの生き方』などという、タイトルの時点で乱暴かつ安易な本を書いてみたりもしています。 

が、村上和雄を語る上で最も重要なキーワードは「サムシンググレート」 でしょう。 
これは「生命は進化論では説明できない。なんかもっとこう、偉大な何か(サムシンググレート)があると思うんだよね~」的な、超絶ぼんやりした考え方です。 
それって神やん。 

そして「神とは言わないけど、偉大な何かが…」的な言い逃れを繰り出すのって、どっかで見たことあるよね? 
これってアメリカで
「いやいや、神とは言ってないですよ?
神とは言ってないけど、『知性あるデザイナー』が生命を作ったという科学的な仮説も成り立つので、生徒には公平に進化論と知性あるデザイナー説の両方を教えましょう!」
とか言って科学教育に宗教を持ち込もうとしてる『ID理論』と同じやんけ!【註2】 
しかも村上和雄は天理教の信者で、著書でサムシング・グレートを「あれは親神様のことです」と認めちゃってるんだよな~… 

まぁこの人は自著のタイトルが 『どうせ生きるなら「バカ」がいい』とか『アホは神の望み』とかなので、親神様の望み通りに生きたら良いと思います。 
でもそれを科学や教育の世界に持ち込むのは勘弁な! 



話が福岡伸一から村上和雄にズレたので戻します。 


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それは宿主側が極めて積極的に、ウイルスを招き入れているとさえいえる挙動をした結果である。 
(中略) 
つまり、ウイルスはもともと私たちのものだった。それが家出し、また、どこかから流れてきた家出人を宿主は優しく迎え入れているのだ。なぜそんなことをするのか。それはおそらくウイルスこそが進化を加速してくれるからだ。親から子に遺伝する情報は垂直方向にしか伝わらない。しかしウイルスのような存在があれば、情報は水平方向に、場合によっては種を超えてさえ伝達しうる。 
 それゆえにウイルスという存在が進化のプロセスで温存されたのだ。 

(中略) 
その運動はときに宿主に病気をもたらし、死をもたらすこともありうる。しかし、それにもまして遺伝情報の水平移動は生命系全体の利他的なツールとして、情報の交換と包摂に役立っていった。
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ほほ~… 
つまりウィルスは宿主にとって短期的には死をもたらす厄介者だけど、長期的には進化をもたらすから、そちらの利益を選んで受け入れることにした、と…? 
「う~ん、今は死んじゃいそうだけど何万年か先にええことありそうやし耐えとこ!」 
という道を歩んだ生物は全滅しますよね? 
進化は盲目的な過程であり、その様な長期的展望は持ちえません。 

遺伝情報の水平移動がしばしば起きるのは事実ですが、それが「宿主側の適応の結果として生じ、維持されている仕組みである」と考える理由って何かあります…? 
一方、利己的遺伝子論なら「それは寄生者側の適応として、より効率的に自己複製するために生じ、維持されているのだ」という形でわりと簡単に説明がつきます。 

そもそもヒトは何にでも理由を求める生き物。 
それ自体は良いことなのですが、しかしその性質は「全ては神が作った」という宗教や「全てはフリーメーソンの計画通り…!」という陰謀論をも生み出してきました。 

進化論にも「生存のための戦略」といった擬人的な表現が頻発します。 
しかしそれらはあくまでも比喩的なもので、
「動物は神によって人間の『ために』作られた」
といった、テレオロジー(目的論:「何の役に立つのか?」)ではなく、
「ライオンの牙は狩りをする『ために』ある」
というテレオノミー(適応の科学:「何が有利性となって進化したのか?」)として厳に区別されている…はずなのですが…【註3】 
どうやらヒトは「○○は××の役に立つ」という例を見ると「○○は××のために作られた」という考えに飛びついてしまう様です。 


例えば有名な『ガイア仮説』がそうです。 
地球全体が生命体の様に自己調節をしている、という仮説ですが、どの様な仕組みを通じてそんな能力が獲得されたのかについてのちゃんとした説明はありません。 
ここには
「地球の○○という特徴は環境の維持に役立つ」
   ↓
「○○は環境維持のための仕組みに違いない」
という発想が見て取れます。 
しかしそのような仕組みがどうやって生まれたのかの説明はありません。 

ガイア仮説と言えば、超名作漫画『寄生獣』もガイア丸出しでしたね(そういやこっちもシンイチだなぁ…)。 
この作品はこんなナレーションで始まります。 


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───地球上の誰かがふと思った 
『人類の数が半分になったら いくつの森が焼かれずにすむだろうか……』 

───地球上の誰かがふと思った 
『人間の数が100分の1になったら たれ流される毒も100分の1になるだろうか……』 

───誰かが ふと思った 
『生物(みんな)の未来を守らねば……………』 

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…そしてパラサイト爆誕。 
つまり

「パラサイトは人工調整の役に立つ」
から存在する、と。 
コレ
「地球の○○という特徴は環境の維持の役に立つ」
から存在する、というガイア仮説と同じやん… 
もうその
「○○は××の役に立つから説明抜きに即・存在できる」
というナイーブな考え方、やめましょうよ… 
私に3本目の腕があったら便利かもしれませんが、それだけの理由で突然腕が生えたりしないっつーの。 

福岡伸一は先述のように妙なパングロス主義批判をしていますが、その割に自分自身が「鼻は眼鏡をかけるためにある」とか言っちゃう超楽観主義のパングロス博士とほぼ同じことをしてるんじゃないですかね…? 

あと進化モノSFって大体は神だのオーバーロードだの超越的な存在が出てきて、そいつらの起源は説明しないのな…。 
知性抜きの盲目的な進化を扱った作品は貴重です。 


ちなみに『寄生獣』には利己的遺伝子論の話も出てくるのですが…ガイア仮説を提唱したラヴロックはドーキンスの論敵。【註4】 
ドーキンスは
「惑星間で淘汰が起きる、とかじゃない訳よね? じゃあどうやってこんな仕組みが進化すんの?」
的な批判をしてます。 
ラヴロックもラヴロックで、ドーキンスが
「星は子供を作らないから生物じゃねぇよ」
的な批判したのを受けて
「だったら閉経したお婆ちゃんは生物じゃねぇのかよ」
的に反論してます。
子供の言い争いかよ…。 



さらに「百匹目の猿」の話を捏造したことで知られるトンデモさん、ライアル・ワトソンは『シークレット・ライフ ─物たちの秘められた生活』において
「かつて地球には炭素生物だけでなく珪素生物もいたが、消えた…だが彼らは炭素生物、つまり我々にシリコンチップを大量生産させることで復活を遂げたのだ」
的な主張をしています。 
コレも珪素生物が炭素生物にどの様な影響を与えてシリコンチップを作らせたのかの説明はありません。 


これではガイアも珪素生物云々もただの思い付きに過ぎないでしょ…。 

ほなアレか? 
アミノ酸の旨味たっぷりなラーメンスープは、生命発生以前のアミノ酸が溶け込んだ「生命のスープ」が我々ヒトを操って自分達を再現させとるんか? 

こんなユルいアナロジーなんていくらでも考え出せます。 
ラーメンスープと「生命のスープ」の類似性はあさりよしとおが漫画『HAL―はいぱああかでみっくらぼ』で指摘してるので、オリジナルのやつを紹介しましょう。 


ウチの近所にあったタコ焼き屋のタコ焼きはふわトロ系。 
あまりに柔らかいので、容器の中でたこ焼きが丸型を保てず、自重で押しつぶされ、押し合いへし合いしてひとかたまりになってました。 
よく見ると四角くそれぞれのタコ焼きの境目が見える感じ。 
柔らかい皮にドロドロの生地がくるまれてて、中にらせん状に巻いたタコの足(紅ショウガによって染色されがち)や、エネルギーたっぷりで高カロリーな、だけど別の料理(天プラ)に由来する天カスや、もろもろの具材が入ってる… 
コレ、細胞じゃね? 
柔軟な細胞膜にドロドロの原形質基質がくるまれてて、中にらせん状に巻いた染色体(塩基性の色素によく染色されがち)や、エネルギーを司る、だけど別の生物(αプロテオバクテリア)に由来するミトコンドリアや、もろもろの細胞内小器官(オルガネラ)が入ってる…その同じユニットがいくつも集まり、押し合いへし合いしてひとつの組織を作る。 
そう、タコ焼きは細胞による細胞の拡大再生産であり、細胞はタコ焼きを作るために生まれてきたのです! ΩΩΩ<な、なんだってー!? 


…ユルいアナロジーから「○○は××のために作られた」といった類の話を持ち出す言説は↑これレベルの妄言じゃないですかね…。 




※字数制限のため2回分け。
 続きは以下で。

【チコちゃんに叱られろ:後編】 
http://wsogmm.livedoor.blog/archives/12835675.html







【註1:著者紹介で「ノーベル賞に一番近いとされる科学者」と書かれてたりする】 

例えば村上和雄の著作『奇跡を呼ぶ100万回の祈り』のAmazon商品紹介にはこうあります。 

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世界のダライ・ラマ14世推薦! 
遺伝子工学の世界的権威であり、 
ノーベル賞に一番近いとされる科学者・村上和雄氏による、 
国難にあえぐ日本への愛と希望のメッセージ。
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【註2:科学教育に宗教を持ち込もうとしてる】 

なお、日本では教育に宗教を持ち込んだりしないよね…と思いきや、この「サムシンググレート」はいくつかの教科書や教材に紛れ込んでいます。 
教育学者の高橋史朗がこのサムシンググレートに肩入れしてるんですよね~…。 
高橋史郎は「親学」というトンデモな教育メソッドを唱え、「江戸しぐさ」も信じてたり、持論の権威付けに『ゲーム脳の恐怖』の森昭雄を利用したりと節操がない人なんですが…。 

ちなみに高橋史郎は「新しい歴史教科書をつくる会」元副会長・「日本会議」役員で、新宗教『生長の家』くずれなんですよね… 
『生長の家』はかつては反共路線で政治の世界にも熱心に手を出していました。 
まぁ今で言うと『幸福の科学』みたいなもん。 
その後、教団は路線変更して政治からは距離を置く様になったのですが、一部は教団と袂を分かち、政治の世界に残り続けたのですね。 
その中にこの高橋史郎や日本会議事務総長の椛島有三らがいます。 

私は一部の左翼の様に、日本会議を右翼の背後で糸を引く団体とは見做してません。 
特定の組織を諸悪の根源とするのは「フリーメーソンガー!」「イルミナティ―ガ―!」とかの陰謀論と変わらないし。 
あんなん右翼爺ちゃんの草の根運動やろ…。 
しかし、右翼の動きについていろいろ調べていくと「日本会議」の名や『生長の家』くずれの人士に何度も行き当たるのもまた事実。 
別にそれらが統一的な意思の元で何かの策略を張り巡らしているとは思いませんが、それらが同じ志向の人間を引き寄せ、助け合ったりしてるうちに右翼への人材供給源になったんだろうな、程度には注目しています。 



【註3:テレオノミー(適応の科学)】 

ドーキンスはテレオロジー(目的論:「何の役に立つか?」)とテレオノミー(適応の科学:「何が有利性となって進化したのか?」)の区別に厳格です。 

彼は「ワニの歯を虫歯にしやすくする遺伝子」を仮定し、それのせいでワニが餌を食べにくくなって、その分、周囲の個体により多くの餌が渡るなら、これを「利他行動のための遺伝子」と呼んでも良い、的なことまで言ってます。 
何とも自由~! 
つまり我々が感じる「目的」ではなく、結果が全て、という訳ですね。 
ただし、ここでは適応について語っているのであり、進化(遺伝子頻度の変化)には様々な理由があるけれど、適応をもたらせるのは自然選択だけなので、適応はあくまで自然選択の枠組みで説明されなければならない訳です。 
虫歯遺伝子の話は突拍子もない様に見えますが、ちゃんと自然選択のフレームに組み込まれてます(利他的な遺伝子は自然選択によって支持されないであろう、という方向ではありますが)。 
これだけ「『○○のための遺伝子』の意味はガバガバでもいいよ~」というドーキンスですが、話がテレオノミーから外れてテレオロジーに堕することは許しません。 

ちなみに最近は
「科学者による『ぼくのかんがえたうちゅうじん』の類は《どういう仕組みで生きてるか》は考えてあっても《どうやって進化したか》は考えてなさそう」
みたいな批判をしてたり。 



【註4:ラヴロックはドーキンスの論敵】 

ちなみにラヴロックは『利己的な遺伝子』を好意的に読んでたり、ガイア仮説が環境保護系の人たちによって宗教の様に祭り上げられていることからは距離を置いたりと、意外にナイスガイでもあるので念のため。 

あと『寄生獣』がガイア理論と利己的遺伝子という相反する説の両方に触れてる件は、今調べてみたらすでに言及している人がいました↓ 


【『寄生獣』と利己的遺伝子とガイア理論の衰退の話】 
https://togetter.com/li/787273 









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