6年前になりますが、NHK『チコちゃんに叱られる!』で「なぜ虫は夜 光に集まる?」という疑問に対し、チコちゃんが「 お月様と勘違いしているから」と回答していました(2019年7月12日放送)。 

これは「コンパス理論」というやつですね。 

天体の様に事実上、無限遠にある光源は虫がうろうろしてても一定の方角に見えます。 
なので天体はコンパス代わりになるのですね。 
例えば「月が常に右側に見える様に」飛べば、真っすぐ進むことができます。 
しかし人工光源は天体よりずっと近くにあるため、虫がうろうろするとその方向は変わります。 
夜道を歩くと、お月様はずっと同じ方に浮かんでますが、近くのビルはすぐに後方へ流れていきますよね? 
アレと同じです。 
虫は後方へ流れた光源が「ちゃんと右側に見える様に」軌道修正します。 
それを何度も繰り返すうち、虫はいつの間にか螺旋を描いて灯火に向かうことになります。 

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これはとてもエレガントな説明で、私も大好きです。 
…が、虫の走光性を説明する理論はいろいろあります。 
主な理論は4つ。 


◉【オープンスペース理論】 
昆虫はめちゃめちゃ普通に光を目指してるよ説。 
通常、藪の様に囲まれた場所から抜け出るには明るい方に行けばよい…という訳ですね。 

◉【コンパス理論】 
虫は人工光源をお月様と勘違いしてるよ説。 
チコちゃんが紹介してた理論です。 

◉【マッハバンド理論】 
逆に暗い方へ行こうとしてるんだよ説。 
走暗性を持つ虫が、「光源近くは周囲より暗く見える」という錯視により、結果的に光に近づくのだ、と説明。 

◉【エッジ仮説】 
虫は光ではなく、光と背景の境目(エッジ)を目指してるんだよ説。 
枝や葉などに止まろうとするなら、エッジを目指すのは良い方法です。 

【その他】 
◉人工照明の赤外線がガの雌が出すフェロモンの赤外線に似てるからだよ説 
◉ガはまぶし過ぎて目がくらむと光源方向に曲がっちゃうんだよ説 

これらの中ではエッジ仮説が新しく、また実験結果によっても有望視されています。 
虫が「正確にはどこを目指しているか」は各理論によって微妙に違いますからね… 
それが判る様な精度の高い実験を行い、 
◉明るい場所を目指してるなら、オープン理論 
◉螺旋を描いて光源に近づくなら、コンパス理論 
◉光源のちょい横を目指すなら、マッハバンド理論 
◉エッジを目指すなら、エッジ仮説 
にそれぞれ有利です。 

…しかし「虫の走光性」というざっくりした性質の全てを単一の理論で説明する必要はないでしょう。 
これらのうちいくつか、あるいは全ての組み合わせが正解という可能性もあります。 
これは
「シンプルな説明こそが正しい」
「余計な説明を増やしてはならない」
という経験則、いわゆる『オッカムの剃刀』に反する様に思えるかもしれません。 
しかし医療の世界では『オッカムの剃刀』と同時に『ヒッカムの格言』も併用するんじゃよね~… 

『ヒッカムの格言』とは、 
『人は嫌になるほど多くの病気を持つ事が出来る』 
というもの。 
通常、医師は『オッカムの剃刀』に従い、複数の症状を単一の原因で説明しようとします。 
例えば咳と熱が出る患者がいれば、「咳と熱はそれぞれ別の病気から来ている」とは考えず、「咳と発熱をともなう病気」を疑うものです。 
しかし高齢の患者などでは複数の疾患を抱えているのは普通にあることなので、別々の原因も検討するのです。 


…この様に、物事を説明するのに諸説あることは珍しくなく、例えば「シマウマの縞はなぜあるのか」についての説は… 

◉【背景に溶け込む迷彩だよ説】 
哺乳類は概して色弱なので、あれでもカモフラージュ効果はある、という考え方も。
《反論》
縞のある哺乳類は通常、森林に暮らすことが多い。 
シマウマはひらけた草原にいるので迷彩効果は低いのでは? 

◉【集団になって模様が重なるとどこまでが1頭か判別しにくくなり、数や向いてる方向が分からなくなるんだよ説】 
《反論》
言うほど密集しないでしょ。 

◉【シルエットが分かりにくくなり、大きさやスピード・進む方向を把握されにくくなるんだよ説】 
実際に「ダズル迷彩」という名で戦艦や空母に施されたことあり。 

◉【群れの中で個体を見分けるのに必要だよ説】 

◉【白い部分と黒い部分の温度差で気流が生まれ涼しくなるよ説】 
実際に3℃温度が下がるという実験データがあるよ。 
《反論》
このサイズの縞では気流は生まれへんやろ。 
『ダーウィンが来た!』の実験では効果なし(ただしTV番組による実験なので厳密ではないかも) 

◉【吸血性昆虫の視覚上の理由により、縞があると虫に刺されにくいんだよ説】 
縞のある布を巻くと吸血される率が1/4になるという実験結果あり 

◉【縞模様は単に作りやすいから作られるんだよ説】 
生物の複雑な模様も、反応拡散方程式によるチューリング・パターンとして説明できちゃう。 
《反論》
興味深いけどそれは「個体発生の中でその形質がどの様に獲得されるか」の話。 
ここで問われているのは「究極要因」、つまり縞が維持される進化上の理由であって、全く別の話やろ。
縞模様は捕食者から目立つので、何かそのリスクを超えるメリットがないと。 

…とコレくらいあります。 
かなり説得力のあるものもありますが… 
逆に「縞のないウマも普通にいる理由」も説明しないといけないしなぁ… 

シマウマは3種類いるのですが、これらが単系統なら、 
「縞の進化はウマの系統の中で1回だけ起き、その子孫のシマウマたちがそれを共有派生形質として受け継いだんやろ」 
で済ませられるのですが… 
シマウマはウマの系統の中に点在しており、それぞれ近縁ではありません。 
つまり3種のシマウマに縞があるのは「他人の空似」であり、縞は少なくとも3回に渡って独立に獲得されてるのです。 
ということは、よほどのメリットがあるからこそ何度も進化したっぽいですよね? 
なのに他のウマたちは縞なしでやってるという謎。 

その割に3種の模様はなぜ違うかというと、発生上のタイミングの違いだけ… 
3種とも発生のどこかの時点で胚に縞が入るのですが、それがちびちゃい段階で起きるのか、それともそこそこデカなってから起きるのかによって縞の太さやパターンが変わる模様。 
というのも、どの段階で縞が入っても、縞の幅はほぼ一定なのです。
例えば胚が10cmの時に縞が入る種でも、20cmの時に入る種でも、縞は必ず1cm幅で入るとすれば、後者の方が縞は2倍細かくなりますよね。(※数字は仮想上のものでテキトーです)
また早い時期に縞が入ると、その後のプロポーション変化が激しいので縞は乱れがち。
縞が太い種ではお尻あたりの縞が特に太くなってたりするよね。

ちなみに私が小学生の頃、給食で配られるマーガリンの袋には『ダチョウの卵はニワトリの卵の30倍』といったトリビアが載ってました。 
この豆知識はほんの数種類しかなく、それを6年間に渡って読ませられ続けるという。
そのひとつに『シマウマは毛をそってもシマがある』というのがあったのですが… 
どうもこれガセビアっぽい。 
後年、動物番組で「シマウマの地肌は何色か?」的な問題があり、「シマがあるんやろ?」と思ってたら、正解は「地肌は黒一色」。 
しかも証拠映像つき… 
私は何のために給食中に嘘を教え込まれてたのか… 
なお、トラは地肌も縞模様、ホッキョクグマの地肌は黒いらしいです。 


そんなこんなで諸説出揃っても「これや!」と決まることはなかなかありません。 
なのにメディアでは特定の説だけがあたかも正解であるかの様に扱われがち…。


特に「周期ゼミ」の謎に関しては、新説を唱えた研究者が「俺が謎を解いたどー!」的にアピールしまくり。

周期ゼミとは北米に棲むセミで、13年周期や17年周期で大発生(羽化)するので「素数ゼミ」とも呼びます。 
13年とか17年とか羽化にやたら時間がかかり、しかもなぜか素数… 
おまけに毎年羽化する訳ではなく、それぞれの地域で羽化が起きるのは13年おきとか17年おきだけです。 
ふしぎ不思議。 

有力な説としては「捕食者や寄生者の生活環とカブらない様に大きめの素数を選んでるんだよ」という説があります。 
例えば16年周期だと、2年・4年・8年おきに出現する捕食者や寄生者に毎回襲われることになります。 
しかし17年周期なら素数なので1か17でしか割り切れず、17年周期の気の長い敵が出てこない限り安全。 
これまたエレガントで興味深く、さらに寄生者という深刻なリスクに注目してて私は好き。 

しかしそこへ吉村仁という研究者が別の説を提唱。 
これは 
◉周期ゼミが長命なのは、氷河に囲まれた比較的寒冷な気候で栄養の少ない木の根の汁を吸ってゆっくりと成長する様に進化したから 
◉周期が素数なのは、別の周期のセミとの交雑を減らすため。 
交雑種は子孫を残せなかったり、残せても周期が変わってしまう可能性がある。 
他の個体がいない年に自分だけ羽化するとパートナーを見つけにくくなってしまう。 
そこで公倍数の少ない素数を周期にする様になった

 
…というもの。 
面白いアイデアではありますが… 
この人、従来の説が完全否定された訳でもないのに「俺が! 俺が謎を解きました!」的な、自説のみを正解とする感じがちょっと苦手。 


チコちゃんも同様で、コンパス理論は素晴らしいけど、それだけを紹介して唯一の説明の様な顔をするのはちょっと違うと思うのです。 



…と、このエントリをまとめたところで念のために資料をチェックしてたら… 
近年の研究ではシマウマは単系統とされてる模様。 
マーガリンの袋に続き、またもやわざわざシマウマに関するガセビアを教えられてたんか… 
ディス・イズ・バイオロジー! 

さらに虫については↓こんな新説まで出てました。


【ナゾロジー】
『夜の虫たちは「光に集まっているつもりはなかった」と判明!』

https://nazology.kusuguru.co.jp/archives/145178#



「虫は小さくて重力の影響を受けにくいので、上下方向を知るのに重力はあまり役に立たない。
そのため、彼らは背中に光を受ける様に飛行している。
その性質のせいで、灯火の近くにとらわれてしまうのだ

ということの様。