2022年10月
2022年10月30日
【竹内久美子さん、例の睾丸記事を書籍化してた】
その③: 竹内久美子さん、「7歳少女をレイプして妊娠させるのは繁殖戦略」と生産性を認定
【前回まで】
その①:竹内久美子さん、暴力を肯定してしまう
http://wsogmm.livedoor.blog/archives/17264691.html
その②: 竹内久美子さん「(セクハラが許容されないと)社会がおかしな、不自由なことに」
http://wsogmm.livedoor.blog/archives/17264724.html
(承前)
そして話はLGBTへ。
【同性愛】
竹内久美子は何故かLGBTには理解があり、
『第3講 同性愛にも生産性あり!?』
に一章を充てています。
書き出しはなかなか興味深い。
要約すると↓こんな感じ。
同性愛者は自分の子孫を直接残さないけど、血縁者の援助をすることでその遺伝子を広げることができるのではないか…と考えられてきました(ヘルパー仮説)。
しかし、近年の研究で男性同性愛者は血縁者とは密に接していないことが判明。
ヘルパー仮説は間違っていました。
ところが、「男性同性愛者の家系では女性の繁殖能力が高い」という研究が出てきました。
男性同性愛者が子孫を残さなくても、血縁者の女性がその遺伝子を残してくれているのです。
…そしてこの辺からやっぱりなんか勝手な思い付きの開陳が。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
竹内 (中略)ここからは私の仮説ですが、女性の繁殖能力が高いということは、女性ホルモンの代表格であるエストロゲンのレベルが高いと言える。このホルモンのレベルの高さによって、生まれてくる男の子にも何らかの影響与えているのではないか、と。
川村 なるほど。
竹内 男性同性愛者の脳の構造を調べてみると、非常に女性的なのです。通常、男性は右脳の方が左脳よりちょっとだけ大きく、女性はほぼ同じ大きさ。
そして、男性同性愛者も、女性と同じくほぼ同じ大きさなんです。
川村 脳の発達にも性ホルモンが関わっているんですか。
竹内 男性ホルモンの代表格であるテストステロンには、右脳を発達させる働きがありますが、エストロゲンは、むしろ左脳を発達させて、右脳の発達を抑制する働きがある。この事実をつなげていくと「男性同性愛者が生まれる家系はエストロゲンのレベルが高い」という仮説が十分に成り立つと思います。
川村 男性同性愛者は編み物や化粧とか、女性が好むものが好きなことも多いようですね。
竹内 ヘアメイクや華道、ダンスなども挙げられます。
川村 華道家の仮屋崎省吾さんや、ヘアメイクアーティストのIKKOさんとか、まさにそうでしょう。そういえば、白洲正子さんは男性の同姓愛者に芸術家が多いことに着目して「両性具有の美』(新潮文庫)をお書きになられましたが、「女性の同性愛者に芸術家はいないのよ。どうしてかしらね」と言っておられました。
脱線しますけど、私の『週刊朝日』時代の経験から言わせていただくと、作家が後世に残るような作品を書くときは、作家と担当編集者が、精神的なホモ関係になるような気がします。お互い、ベッドを共にする気は微塵もありませんけれど(笑)。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(P.111)
ちょっと待って~!
男性同性愛者が編み物・化粧・ヘアメイク・華道・ダンスなどを好むことを「エストロゲンレベルが高く女性的である」ことの証拠にしようとしてるけど…
これらはアートでもあるよね?
だったらこれらに才能を発揮する男性同性愛者は竹内久美子風に言えば「テストステロンレベルが高く、右脳が発達し男性的な特徴を持つ」とも言えるんちゃうんかい?
「いやいや、男性同性愛者は女性っぽいやん」と思うかもしれませんが、そもそもこの話自体、それが認知バイアスではなく事実であるかを突き止めるためにわざわざ持ち出してきたものですよね?
あと男性同性愛者は性愛については「一人のパートナーとの強い絆」よりも「多くのパートナー」を求める傾向にある等、男性的な特徴も見られます。
大体、ガチムチマッチョで男性的な男性同性愛者かていくらでもいるやん…。
かつて男性中心主義的な科学者たちは「女性は進化しきっていない古い脳を持つ、いわば原始人」と主張していました。
ところが、女性の方がネオテニーが進んでいることを指摘されると今度は「女性の脳は子供っぽくて未熟」と言い出してみたり。
この様にヒトはバイアス塗れで、解釈が変わっても結論は変えなかったりするので要注意。
しかし問題はその先です。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
考えてもみてください。異性愛者でも一生独身で子供を作らない人もいるではありませんか。彼らは血縁者を介して自分の遺伝子を残しているのです。同性愛者も特殊な存在ではまったくありません。ここまでお話ししてきたように、男性同性愛者自身は子孫を残さなくても、母方の女たちがしっかりと、間接的に彼らの遺伝子を次代に残していて、何ら問題は無いのです
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(P.117)
竹内久美子は「男性同性愛者も遺伝子を残しているので生産性はある」と言いたい様ですが…
いやコレ普通に解釈すれば
「男性同性愛者はヘルパーになって血縁者に寄与する訳でもなく、ただ『極端に女性的でそれ故に多産な家系』に時おり出現する仇花に過ぎない。
彼らは家系の適応度を下げるが、多産女性がそれ以上に適応度を上げるため、かろうじて自然選択によって取り除かれないだけだ。
男性同性愛者はいわば時どき家系に現れ、足を引っ張る『コスト』であり、家系に寄生する存在だ」
ということになり、
「男性同性愛者に生産性はない」
ってコトにならね?
そもそも生産性で見るからおかしなことになるんですよ。
竹内久美子は何とか「同性愛者にも生産性がある」ことにして彼らを救出したい様ですが…
もしいくら調べても同性愛者に生産性が見つからなかったら、LGBTを見捨てるつもりなんでしょうか?
そんないつ手のひら返ししてくるか分からない人に擁護されても、LGBT側も迷惑でしょ…
そうではなく、「誰もが生産性とは無関係に価値を持ち、それ故に不可侵の権利を持つ」のです。
生産性による正当化の必要など必要ありません。【※註】
生産性でものを見ると、障害者やホームレスや老人を不要なものとして殺してしまう、ナチスみたいな社会を作り、ソイレントグリーンを配給される生活になってしまいます。
ここで川村二郎の差別意識が剥き出しに。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
川村 僕なんか昔の人間なので、男性の同姓愛者とは進んでお近づきになりたくないと言う気持ちがあります。と言って差別する気はありませんけど、こういう話を伺っていると、偏見を持つこともないんですね。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(P.113)
…「差別しない」と言いつつコレ。
「俺は差別と黒人が嫌いだ」というジョークを地でいく発言。
ネトウヨさんってこういう自己言及ギャグ多いよね。
で、竹内久美子の発言に戻ると…
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
女性同性愛者の割合は男性同性愛者の半分位ですが、実はまだ、そこまでの研究は進んでいません。ただ、私としては、男性同性愛者をひっくり返したような話になるのではないかと思っています。
女性同性愛者に何人か会ったことがありますが、びっくりするほどキレイな人が多い。ということは、その女性の父は相当かっこいいのではないかと。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(P.113)
また持論を個人的経験のみで補強。
女性同性愛者の母がキレイだったりかっこ良かったりする可能性もあるのに、それは自説には都合が悪いので完全スルー。
あと男性同性愛者にガチムチタイプがいる様に、女性同性愛者にもガッチリぽってりした人たちがステレオタイプとして「ブッチ」「ダイク」と名前が付くほど存在するんですけど。
あと男性同性愛者と女性同性愛者が対称的とは限りません。
人は女性がデフォルトで、母胎で高濃度の男性ホルモンを受けることで脳が男性化します。
つまり「男性は男性になり、女性は女性になる」というより「男性化したら男性に、しなければ女性のまま」って感じ。
したがって男性同性愛者は「脳が女性のまま」、女性同性愛者は「脳がわざわざ男性化した」のかもしれませんね。
つまり同性愛者になる仕組みは対称的とは限らないかもしれないのです。
あとこんなのも。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
竹内 もう一つは、相手の攻撃性をなだめるための同性愛行動です。実際、人間のあいさつ行動として、相手の気持ちをなだめるために性器を触ることがあります。例えば、西欧の学者が、ニューギニアの先住民と握手をしようと手を出したら、向こうは睾丸を握ってきてびっくりしたと言う話があります。
川村 それは面白い(笑)。どういう意味があるんですか。
竹内 「お前の睾丸を握り潰すことなんて簡単だ。でも、それをしないのは、お前に敵意がないからだ」ということを伝えるためでしょう。これに類した風習を残している先住民は世界中に存在しています。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(P.115)
アレ?
後の他著では「握手は感染症リスクを避けないことによる信頼の証明」とか言ってるのに。
「陰部を触ることは性病リスクを避けないことによる信頼の証明」とか言い出して楽しませてくれても良かったんやで?
LGBTを擁護する竹内久美子ですが、ゴリゴリのネトウヨさんなので例のフレーズは忘れません。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
竹内 ただし、LGBT (レズ・ ゲイ・バイセクシャル・トランスジェンダーの頭文字)をことさらに持ち上げる風潮はおかしいと思います。マイノリティで、虐げられてると喧伝するのはいかがなものでしょうか。
川村 あれこれ考えず、普通に接すればいいんですよね。
ところで、昨今は少女を連れ去り、挙句、殺害してしまうような事件が頻発しています。そういう犯罪を起こす人間の多くは「小児性愛」を抱えていると言われていますけど、動物学的に見て、どうなんですか。
竹内 前出の過激な発言で知られるイギリスの研究者、ロビン・ベイカーは「七〜八歳の少女でも妊娠することがある。少女が好きな男は、それを狙っているのではないか」と言っていますが、そうだとすると繁殖戦略の一つだといえますね。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(P.120)
…「LGBTには生産性があるからセーフ」という竹内久美子論法で言うなら、「7歳の少女をレイプしても生産性があるからセーフ」なんですよね?
竹内久美子のサイテー発言はまだ続きます。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
竹内 (中略) レイプについて、ロビン・ベイカーはさらに「レイプされた時わざわざ抵抗してみせて、それでもやり通せる男性かどうかを女性を見ている」と言っています。やり通せる男性であれば、その遺伝子を受け入れてもいいと。
川村 これもまた恐ろしい話ですね。
竹内 女性であれば嫌いな男性と性交したら排卵は絶対にしないように、自分の生理状態を変化させるくらいのことは朝飯前のはずです。でも、レイプされることがあり、しかもその際に子供ができやすいという現象があるのは、よくよく考えてみるとおかしい。ということは、抵抗してみせて、なおかつ、その抵抗を超えてできるかどうかを試しているのかもしれません。
川村 「いやよいやよも好きのうち」は性差別の典型で、今やタブー視されていますが、真理を含んでいるのかもしれませんね。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(P.124)
川村二郎のガハハオヤジっぷりが光りますね。
ロビン・ベイカーはトンデモなのですが、「レイプ受け入れは女性側の繁殖戦略」的な発言そのものは生物学的にはアリです。
しかしそれはあくまで特殊な文脈での話。
それは「レイプに抵抗しきれなかった女性が結果的により多くの子孫を残すことになった」という意味であって、「女性が意識的にレイプによる妊娠を望んだ」という意味ではありません。
一般向けの本ではそこの区別を再三に渡り警告するものなのですが、竹内久美子はそれしな~い。
もはや「わざと混乱させてんのか!?」ってレベル。
あるいはご本人も区別がついてないのかも…
普通にコレを「特殊な文脈」として読める一般人はいないでしょコレ。
そして話はY染色体へ。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
だから、Y染色体が曲がりなりにも、皇室で連綿と百二十五代受け継がれてきたことは、日本にとって最大の誇りの一つなんです。イギリスは女王が誕生するたびに「Y」が途切れてきた。娘の息子が後を継ぐわけですが、「Y」は女王の夫から受け継いでいます。だから、そのたびに違う「Y」になり、王朝名も変わってきたんです。皇室に対して世界中が敬意を示すのも当然ではないでしょうか。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(P.130)
『浮気人類進化論』書いた人が、Y染色体が『皇室で連綿と百二十五代受け継がれてきた』とか無邪気に信じるの、おかしくね?
あと世界って「Y染色体を125代受け継いできたなんてスゲェ! 敬意、示したろ!」ってなるモンなん?
私のY染色体だってもっと昔から受け継いできたものなんですがそれは…
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
それに日本人がグローバル化やジェンダーフリーの名の下に女性天皇を立て、皇室の「Y」を途絶えさせようものなら、特に欧米諸国は拍手喝采、祝杯をあげると思います。バカな日本人だぜって。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
アレ?
後の他著では「握手は感染症リスクを避けないことによる信頼の証明」とか言ってるのに。
「陰部を触ることは性病リスクを避けないことによる信頼の証明」とか言い出して楽しませてくれても良かったんやで?
LGBTを擁護する竹内久美子ですが、ゴリゴリのネトウヨさんなので例のフレーズは忘れません。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
竹内 ただし、LGBT (レズ・ ゲイ・バイセクシャル・トランスジェンダーの頭文字)をことさらに持ち上げる風潮はおかしいと思います。マイノリティで、虐げられてると喧伝するのはいかがなものでしょうか。
川村 あれこれ考えず、普通に接すればいいんですよね。
ところで、昨今は少女を連れ去り、挙句、殺害してしまうような事件が頻発しています。そういう犯罪を起こす人間の多くは「小児性愛」を抱えていると言われていますけど、動物学的に見て、どうなんですか。
竹内 前出の過激な発言で知られるイギリスの研究者、ロビン・ベイカーは「七〜八歳の少女でも妊娠することがある。少女が好きな男は、それを狙っているのではないか」と言っていますが、そうだとすると繁殖戦略の一つだといえますね。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(P.120)
…「LGBTには生産性があるからセーフ」という竹内久美子論法で言うなら、「7歳の少女をレイプしても生産性があるからセーフ」なんですよね?
竹内久美子のサイテー発言はまだ続きます。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
竹内 (中略) レイプについて、ロビン・ベイカーはさらに「レイプされた時わざわざ抵抗してみせて、それでもやり通せる男性かどうかを女性を見ている」と言っています。やり通せる男性であれば、その遺伝子を受け入れてもいいと。
川村 これもまた恐ろしい話ですね。
竹内 女性であれば嫌いな男性と性交したら排卵は絶対にしないように、自分の生理状態を変化させるくらいのことは朝飯前のはずです。でも、レイプされることがあり、しかもその際に子供ができやすいという現象があるのは、よくよく考えてみるとおかしい。ということは、抵抗してみせて、なおかつ、その抵抗を超えてできるかどうかを試しているのかもしれません。
川村 「いやよいやよも好きのうち」は性差別の典型で、今やタブー視されていますが、真理を含んでいるのかもしれませんね。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(P.124)
川村二郎のガハハオヤジっぷりが光りますね。
ロビン・ベイカーはトンデモなのですが、「レイプ受け入れは女性側の繁殖戦略」的な発言そのものは生物学的にはアリです。
しかしそれはあくまで特殊な文脈での話。
それは「レイプに抵抗しきれなかった女性が結果的により多くの子孫を残すことになった」という意味であって、「女性が意識的にレイプによる妊娠を望んだ」という意味ではありません。
一般向けの本ではそこの区別を再三に渡り警告するものなのですが、竹内久美子はそれしな~い。
もはや「わざと混乱させてんのか!?」ってレベル。
あるいはご本人も区別がついてないのかも…
普通にコレを「特殊な文脈」として読める一般人はいないでしょコレ。
そして話はY染色体へ。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
だから、Y染色体が曲がりなりにも、皇室で連綿と百二十五代受け継がれてきたことは、日本にとって最大の誇りの一つなんです。イギリスは女王が誕生するたびに「Y」が途切れてきた。娘の息子が後を継ぐわけですが、「Y」は女王の夫から受け継いでいます。だから、そのたびに違う「Y」になり、王朝名も変わってきたんです。皇室に対して世界中が敬意を示すのも当然ではないでしょうか。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(P.130)
『浮気人類進化論』書いた人が、Y染色体が『皇室で連綿と百二十五代受け継がれてきた』とか無邪気に信じるの、おかしくね?
あと世界って「Y染色体を125代受け継いできたなんてスゲェ! 敬意、示したろ!」ってなるモンなん?
私のY染色体だってもっと昔から受け継いできたものなんですがそれは…
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
それに日本人がグローバル化やジェンダーフリーの名の下に女性天皇を立て、皇室の「Y」を途絶えさせようものなら、特に欧米諸国は拍手喝采、祝杯をあげると思います。バカな日本人だぜって。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(P.131)
え、じゃあ欧米諸国ってイギリス王室に「しょっちゅう王朝名変えるなんてバカなイギリス人だぜ」って思ってんの?
そんなん聞いたことないですけど。
ネトウヨさんのY染色体論については↓この辺を参照。
『【コンス鑑定士】竹田恒泰先生が解く! 万世一系のひみつ』
http://wsogmm.livedoor.blog/archives/9322067.html
『「Y染色体ガー!」の人をまだ見かける件』
http://wsogmm.livedoor.blog/archives/9844608.html
竹内久美子の奇妙な皇室観は↓ココ参照。
『科学的にも正しく尊い「男系男子」?』
http://wsogmm.livedoor.blog/archives/9846059.html
『「目が肥えた懐疑主義者は、竹内久美子のトンデモっぷりをお見通し」中編』
http://wsogmm.livedoor.blog/archives/14179012.html
そんな竹内久美子は自分への批判についてこう言います。
【批判】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
批判する人たちというのは、たいてい何も勉強せず、調べることもなく、単に自分の感覚や価値観とズレているだけで「ケシカラン」と言ってくるんです。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(P.107)
まぁ世の中には「いろいろ勉強し、調べた上で、単に自分の感覚や価値観とズレているだけで話を捻じ曲げる人」というのもいますけどね~。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
竹内 先生方も「いいか、絶対に型にはまるなよ」と、よく言っていましたね。それが原因か、私もたまに「竹内久美子はトンデモ説を唱える」という批判を耳にしたりしますから(笑)。
川村 そうですか。
竹内 でも、「美人の女性は生殖能力が高いなんてトンデモ説だ」と批判されたりするんですけど、このときはっきりと分かりました。「なんだ、全然勉強していない人が、単に自分にとって奇異に聞こえるためにトンデモ説って言ってるだけじゃないか」と。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(P.135)
「型にはまるな」を拡大解釈するのって「トンデモさんあるある」よね…
基本があっての「画一性からの脱却」なのに。
あと竹内久美子ってあちこちから山ほど批判されてきたのに、それらは完全スルーして、的外れで反論できる批判だけ取り上げるのね…。
そして「批判者はみんなそうだ」と印象付ける。
『マンガ嫌韓流』も同じコトやってたなぁ…。
そしてもともとトンデモさんなのに、さらなるトンデモに手を出す竹内久美子。
【血液型】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
まず、知ってほしいのは、血液型というのは単なる血液の型ではなく、「免疫」の型のことです。(中略)となれば、血液型が病気や病原体と関係が深いのは火を見るよりも明らかです。それなのに、やはりまた勉強していない人々が、トンデモって言うんですよ。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(P.155)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
竹内 (中略) でも、心理学者から「絶対に関係ない」と、また批判を浴びました。でも、血液型によって得意不得意な病原体があるなら、それによって行動パターンも違ってくるのは当然ではないかと思うんです。たとえば、O型は梅毒に強く、AB型は弱い。そもそも梅毒はアメリカの原住民が持っていた病気です。原住民の血液型を調べてみると、ほとんどがO型だった。
川村 そうなんですか。
竹内 梅毒に強いO型が生き残り、他の血液型を持っている人間は淘汰されたからだと考えられています。梅毒は性病なので、当然、性行動と関わってくるはずです。O型は梅毒にかかっても進行が遅い。そうであれば、どんどん交わって、自分の遺伝子を残すべきではないか。
川村 そういう戦略をとって当然ですね。
竹内 一方、梅毒に弱いAB型の場合は、いろいろな人と交わらず、一人の妻を大事にし、子供をしっかり育てる戦略をとるべきである。このように考えると、O型の男性は楽天的で、社交的、多くの異性と交わると言う傾向があってもおかしくありません。逆に、AB型は慎重で、淡白な傾向になる。
川村 確かに一理ありますね。
竹内 だから、最近の心理学者も血液型と性格との関連について完全否定することをやめつつあるんです。
川村 血液型による性格分析は街の占い師のように胡散臭いものだと思っていましたが、今の説明を聞くと、少し考え方が変わります。
竹内 プロ野球選手で殿堂入りするような選手は、B型かO型が多いんですよ。A型の要素が入ると、スポーツの世界ではあまり活躍ができないようです。実際にB型は血が濃く、ヘモグロビンが酸素をよく運んでくれるから、スポーツに適するんだと思います。
川村 スポーツには向いているんですね。そういえば、長嶋茂雄さんや野村さんはB型でした。
竹内 血液型は能力の違いにも関わっているんですよ。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(P.158)
それが成り立つには、例えば「梅毒に強いO型の遺伝子」と「多くの異性と交わるための遺伝子」が常にペアになって遺伝する必要があります。
そのためには「連鎖」と言って、両者が同じ染色体の、ごく近くに並んでいないといけません。
何かそういう証拠とかあるんでしょうか?
ちなみに竹内久美子は他著では連鎖の話を持ち出しています。
トンデモさんってこういうダブスタ平気でするよね。
元・超能力少年で超常現象バトルに出てた秋山眞人は超能力実験が成功した時に「これは二重盲検法をパスしたってことですよ!」とか騒いでましたが、普段この人が「ちゃんと二重盲検やろうぜ!」って言ってるの見たことない。
『プロ野球選手で殿堂入りするような選手は、B型かO型が多い』?
野球殿堂で競技者表彰されてるのは100人ほどに過ぎないので、サンプルサイズが小さくて偏りが出たのでは?
大体「B型がスポーツ向き」とかいう傾向があるなら
とっくに統計に出てる筈なのに、血液型占いは何度調査しても毎回否定されてますけど。
【※註:生産性による正当化の必要など必要ありません】
大体、生産性が必要とされるのは「次世代に社会を引き継ぐため」なんだから、受益者は次世代…つまり「子を成した者の子孫」なんですよ。
なんで「子を成した者」のために「子を成さなかった者」が頑張らなあかんねん。
「子無し税」とか発想が逆。
「子有り税」こそ徴収すべきなんですよ。
未来の社会は彼らの子孫が独占するんだから!
え、じゃあ欧米諸国ってイギリス王室に「しょっちゅう王朝名変えるなんてバカなイギリス人だぜ」って思ってんの?
そんなん聞いたことないですけど。
ネトウヨさんのY染色体論については↓この辺を参照。
『【コンス鑑定士】竹田恒泰先生が解く! 万世一系のひみつ』
http://wsogmm.livedoor.blog/archives/9322067.html
『「Y染色体ガー!」の人をまだ見かける件』
http://wsogmm.livedoor.blog/archives/9844608.html
竹内久美子の奇妙な皇室観は↓ココ参照。
『科学的にも正しく尊い「男系男子」?』
http://wsogmm.livedoor.blog/archives/9846059.html
『「目が肥えた懐疑主義者は、竹内久美子のトンデモっぷりをお見通し」中編』
http://wsogmm.livedoor.blog/archives/14179012.html
【批判】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
批判する人たちというのは、たいてい何も勉強せず、調べることもなく、単に自分の感覚や価値観とズレているだけで「ケシカラン」と言ってくるんです。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(P.107)
まぁ世の中には「いろいろ勉強し、調べた上で、単に自分の感覚や価値観とズレているだけで話を捻じ曲げる人」というのもいますけどね~。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
竹内 先生方も「いいか、絶対に型にはまるなよ」と、よく言っていましたね。それが原因か、私もたまに「竹内久美子はトンデモ説を唱える」という批判を耳にしたりしますから(笑)。
川村 そうですか。
竹内 でも、「美人の女性は生殖能力が高いなんてトンデモ説だ」と批判されたりするんですけど、このときはっきりと分かりました。「なんだ、全然勉強していない人が、単に自分にとって奇異に聞こえるためにトンデモ説って言ってるだけじゃないか」と。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(P.135)
「型にはまるな」を拡大解釈するのって「トンデモさんあるある」よね…
基本があっての「画一性からの脱却」なのに。
あと竹内久美子ってあちこちから山ほど批判されてきたのに、それらは完全スルーして、的外れで反論できる批判だけ取り上げるのね…。
そして「批判者はみんなそうだ」と印象付ける。
『マンガ嫌韓流』も同じコトやってたなぁ…。
そしてもともとトンデモさんなのに、さらなるトンデモに手を出す竹内久美子。
【血液型】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
まず、知ってほしいのは、血液型というのは単なる血液の型ではなく、「免疫」の型のことです。(中略)となれば、血液型が病気や病原体と関係が深いのは火を見るよりも明らかです。それなのに、やはりまた勉強していない人々が、トンデモって言うんですよ。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(P.155)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
竹内 (中略) でも、心理学者から「絶対に関係ない」と、また批判を浴びました。でも、血液型によって得意不得意な病原体があるなら、それによって行動パターンも違ってくるのは当然ではないかと思うんです。たとえば、O型は梅毒に強く、AB型は弱い。そもそも梅毒はアメリカの原住民が持っていた病気です。原住民の血液型を調べてみると、ほとんどがO型だった。
川村 そうなんですか。
竹内 梅毒に強いO型が生き残り、他の血液型を持っている人間は淘汰されたからだと考えられています。梅毒は性病なので、当然、性行動と関わってくるはずです。O型は梅毒にかかっても進行が遅い。そうであれば、どんどん交わって、自分の遺伝子を残すべきではないか。
川村 そういう戦略をとって当然ですね。
竹内 一方、梅毒に弱いAB型の場合は、いろいろな人と交わらず、一人の妻を大事にし、子供をしっかり育てる戦略をとるべきである。このように考えると、O型の男性は楽天的で、社交的、多くの異性と交わると言う傾向があってもおかしくありません。逆に、AB型は慎重で、淡白な傾向になる。
川村 確かに一理ありますね。
竹内 だから、最近の心理学者も血液型と性格との関連について完全否定することをやめつつあるんです。
川村 血液型による性格分析は街の占い師のように胡散臭いものだと思っていましたが、今の説明を聞くと、少し考え方が変わります。
竹内 プロ野球選手で殿堂入りするような選手は、B型かO型が多いんですよ。A型の要素が入ると、スポーツの世界ではあまり活躍ができないようです。実際にB型は血が濃く、ヘモグロビンが酸素をよく運んでくれるから、スポーツに適するんだと思います。
川村 スポーツには向いているんですね。そういえば、長嶋茂雄さんや野村さんはB型でした。
竹内 血液型は能力の違いにも関わっているんですよ。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(P.158)
それが成り立つには、例えば「梅毒に強いO型の遺伝子」と「多くの異性と交わるための遺伝子」が常にペアになって遺伝する必要があります。
そのためには「連鎖」と言って、両者が同じ染色体の、ごく近くに並んでいないといけません。
何かそういう証拠とかあるんでしょうか?
ちなみに竹内久美子は他著では連鎖の話を持ち出しています。
トンデモさんってこういうダブスタ平気でするよね。
元・超能力少年で超常現象バトルに出てた秋山眞人は超能力実験が成功した時に「これは二重盲検法をパスしたってことですよ!」とか騒いでましたが、普段この人が「ちゃんと二重盲検やろうぜ!」って言ってるの見たことない。
『プロ野球選手で殿堂入りするような選手は、B型かO型が多い』?
野球殿堂で競技者表彰されてるのは100人ほどに過ぎないので、サンプルサイズが小さくて偏りが出たのでは?
大体「B型がスポーツ向き」とかいう傾向があるなら
とっくに統計に出てる筈なのに、血液型占いは何度調査しても毎回否定されてますけど。
【※註:生産性による正当化の必要など必要ありません】
大体、生産性が必要とされるのは「次世代に社会を引き継ぐため」なんだから、受益者は次世代…つまり「子を成した者の子孫」なんですよ。
なんで「子を成した者」のために「子を成さなかった者」が頑張らなあかんねん。
「子無し税」とか発想が逆。
「子有り税」こそ徴収すべきなんですよ。
未来の社会は彼らの子孫が独占するんだから!
(01:13)
2022年10月28日
【竹内久美子さん、例の睾丸記事を書籍化してた】
その②: 竹内久美子さん「(セクハラが許容されないと)社会がおかしな、不自由なことに」
【前回】
その①:竹内久美子さん、暴力を肯定してしまう
http://wsogmm.livedoor.blog/archives/17264691.html
(承前)
そして話は浮気へ。
【浮気】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
私は「不倫」という言葉が嫌いなんです。単なる「浮気」に「倫理に反する」と言う価値観を導入しているのは人間だけですから。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(P.78)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
そうなると、浮気が発生するの当たり前でしょう(笑)。だから浮気はいけない、倫理に反すると言うのは、言葉によって他者をコントロールできるようになった人間特有の価値観であり、単に浮気に成功できない、冴えない男たちのプロパガンダではないかと思うのです。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(P.79)
オスは交尾を繰り返すことで多くのメスを受精させられますが、メスは多くのオスを受け入れても産める子の数はほぼ変わりません。
そのため、オスは「質より量」でとにかく多くのメスと交尾したがり、メスは「量より質」で好みにうるさく、オスをじっくり選別します。
そのため、現代日本の「浮気=悪」という価値観は男性ではなく女性の立場に有利なものになっています。
プロパガンダ云々を持ち出すなら、コレってむしろ女性によるプロパガンダじゃね?
そもそも性的にも社会的にもヒエラルキーの底辺にいる筈の『冴えない男たち』がどうやってプロパガンダを成功させたんですか?
ナチスですら宣伝効果の薄さには手を焼いていたし、とっくの昔に選挙権を手にした黒人が米国大統領になったのはようやく2009年、人口の半分を占める女性は一度も大統領を輩出していません。
その辺の説明もなしに『冴えない男たちのプロパガンダ』とか言われても、その主張自体が学界で認められることのない「冴えない保守のプロパガンダ」にしか見えないです。
そして川村二郎は…
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
竹内 そうです。だから、浮気が成就できるというオスは、メスから見て非常にレヴェルが高いんです(笑)。川村さんは浮気に成功されたんですよね(笑)。
川村 いやあ、どうだったか……訴追の恐れがありますから…… (笑)。とにかく、女はいつまでたっても忘れない動物ですからね(苦笑)。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(P.84)
…と、相変わらずのオヤジ発言。
一方、竹内久美子は…
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
男と女の浮気……どちらが罪が重いかというと、実は女の浮気です。この件については後で詳しく説明しますが、とにかく男は常に目を凝らして「浮気ができないかな」と思っていますが、女は「この人だ」と決めたら、一発で仕留められるくらいの"巧妙な手段"を駆使して浮気をし、その男の遺伝子を取り入れるんです。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(P.84)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
たとえば結婚してる女性が、夫とは別の男性と交わり、子供ができたとします。そうなると、女は巧妙にその事実を隠しますから、「あなたの子よ」と言って、今の夫に子供を育てさせる。その事実を知らないままだとすると、夫にしたら大変な損害ですよ。女の浮気が罪深いというのは、そういうことです。
それに対して、男が浮気をして子供ができても、相手に夫がいれば同じように騙されて子供を育ててくれるかもしれません。そうすると、浮気をしたほうの男も、浮気をされた女の方も、何も損をしない。
川村 男の浮気と女の浮気では、大変な違いがあるわけですね。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(P.86)
…またしても事実と価値観のゴッタ煮。
しかも「女の浮気の方が罪深い」という、男性優位文化を擁護しちゃってますね。
あとまるで男性が浮気しても誰も損しないみたいな口ぶりですが、「男性の浮気相手の夫」から見ると托卵されて大損害やんけ!
確かに「浮気してる男性とその妻」「浮気してる男性と浮気相手」の各カップル内では(遺伝的には)誰も損してませんが…そこだけわざわざ取り出して注目する理由はありません。
そもそもコレ、誰かが得すれば誰かが損するゼロサムゲームやろ…。
しかも竹内久美子はその後、
「男性はパートナーの体の浮気を嫌い、女性はパートナーの心の浮気を嫌う。
男性は体の浮気をされると托卵される可能性があり、女性は心の浮気をされると捨てられる可能性があるからだ」
という話をしています(P.87)。
つまり「浮気してる男性とその妻」の間でも、妻の側にはリスクがあるのに、そこには全く触れず…。
自分に都合の良い様にバイアス塗れの主張をする、竹内久美子の悪いトコが全開ですね。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
竹内 (中略)ある学者によると、「浮気相手九:夫一」の確率で子供ができる。まぁ、それでも夫の精子が勝った場合は致し方ありませんが(笑)。
川村 致し方ないは、夫に失礼でしょう。それにしても、とんでもない話ですね(笑)。女性は無意識的に優れた遺伝子を求めているんですね。
竹内 しかも無意識だから、夫の前で浮気してる自覚があまりないのでバレにくい。もし罪悪感を覚えていたら、挙動不審になってすぐわかってしまうでしょう
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(P.86)
川村二郎にまでツッコまれてしまう竹内久美子。
しかも女性に『浮気してる自覚があまりない』という部分は根拠レス。
女性にそんな凄い機能が備わってたらめっちゃセンセーショナルに発表される筈ですが、そんなん聞いたことないよ?
そして話は、喜多嶋舞の子をDNA鑑定したところ、夫である大沢樹生の子ではなかった事件について。
竹内久美子は発覚前から「大沢さん、それはあなたの子ではないでしょう」と思っていたそうです。
その根拠は…
性交渉を持ってから4週間ちょっとで妊娠が判明するのに、子供ができたと喜多嶋舞が大沢樹生に告げたのが2ヶ月後だったこと(P.90)。
え、普通にありえるやろ…
コレを竹内久美子は『明らかにおかしい』『数字が合わない』と言います。
普通「数字が合わない」って性交時期と妊娠時期が合わない場合やろ…
妊娠は個人差が激しく、2~3ヵ月は自覚がない人もザラにいますよね。
また、喜多嶋舞が妊娠を2ヵ月まで伝えないことで、何か得します?
根拠としては弱すぎ。
つまりコレ、テキトーに言ってたことがたまたま当たった時だけ大騒ぎする自称予言者と同じなんじゃ…。
しかも事後に持ち出す予言には何の価値もないよね。
自説に当て嵌まる事例を持ち出すのはこの人の得意技。
あと川村二郎も妙な特技なのかコレが上手く、対談中に竹内久美子が言ったことに合わせてその場で「当て嵌まる事例」を挙げてみせ、その能力を絶賛されてます(P.196)。
しかし、探すべきは「当て嵌まる事例」ではなく「当て嵌まらない事例」なんだよなぁ…。
「全てのカラスは黒い」と主張したいなら、黒いカラスをいくら集めても意味がありません。
「黒くないカラスがいないか」をチェックするべきです。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
一九七〇年代、コンドームが手に入りやすくなりました。それまでオギノ式などの避妊法がありましたが、強力な避妊具であるコンドームが普通に流通するようになった。それまでは浮気や婚前交渉で妊娠しやすい環境にあったところ、コンドームを装着することでほぼ完璧に避妊できる。そうすると、質の良い縁を持った男が、コンドームによって、その遺伝子を残すチャンスが奪われてしまいます。その影響で、日本人そのものが弱体化してしまったのかもしれません。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(P.93)
えっ、コンドームで日本人が弱体化!?
それは大変です。
だとすれば、世界中で国民の弱体化が広く見られ、そのタイミングにはコンドーム普及との相関が見られる筈です。
その様な傾向は見つかっているのでしょうか?
だから思い付きを検証抜きですぐ口にすんなって。
あとオギノ式は避妊法ではなく受胎法です。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
竹内 (中略)虐待事件を見るとよくわかりますが、新しく迎え入れた男性が、女性の子供を虐待することはよくありますし、女性自身もそのことがわかっている。
川村 ライオンと一緒ですね。確かにそのパターンは多い気がします。
竹内 しかも、次の繁殖に重点をおきたいので、たとえ実の母親だとしてもその男の虐待に加担するなどして、自分の子供を殺してしまうことがあるんです。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(P.96)
義父が虐待や子殺しを行う率が高いのは事実です。
マーティン・デイリーとマーゴ・ウィルソンによる研究は有名ですし、彼らの『シンデレラがいじめられるほんとうの理由』を翻訳したのは竹内久美子だったり。
義父が子殺しをする理由は「遺伝的なつながりがないから」なのですが…
コレは逆に「遺伝的につながりのある実母は子殺しをしない」ということなのに、どうしても動物行動学で全てを説明したい竹内久美子は、女性が
『次の繁殖に重点をおきたいので、たとえ実の母親だとしてもその男の虐待に加担するなどして、自分の子供を殺してしまうことがある』
とか言っちゃいます。
動物行動学的なロジックで言うなら、本当にあるかどうかも分からない「次の繁殖」よりも、目の前に存在する子を優先させた方が確実で有利やろ…。
こういう毒親の例は適応論ではなく、過剰な恋愛感情や刹那的で享楽的な生活による異常行動と捉えた方が良いのでは…
学説史的には「子殺し」は異常行動と見做されていたものが後に適応論で説明される様になったので、それに逆行したくない気持ちは私にもあります。
しかしそもそも現代の都市生活するヒトは、環境も行動も異常だらけなのもまた事実。
この手の竹内久美子の過剰説明はまだまだ続きます。
【人生二度結婚説】
若いうちに年上と結婚していろいろ教わり、その後若い人と結婚していろいろ教えてあげるという「人生二度結婚説」についての話で…
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
竹内 素晴らしい考え方ですね。夫婦同士だったら、たとえば子供が二人生まれた時点で、「子づくりはこれで終りにしよう」となる。でも、それから離婚して、次の新しい異性と一緒になったら「また子供をつくろう」となる。
つまり、離婚した方が子の数は増やせるわけです。一種の繁殖戦略でしょう。
しかも、相手を変えているので、子に遺伝的なバリエーションをつけられるという大変有意義なことでもあります。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(P.98)
…ちょっと聞いただけですぐに「説明っぽいもの」を思いついちゃうんだなぁこの人。
要するに竹内久美子の発言はその程度の思い付きでしかなかったりするってコトですね。
それにしても「2回結婚すると子の数が増える」というのがよく分かりません。
「結婚は2回」が前提の社会では、途中で「2回目の結婚のために子作りをセーブしとこう」となるかもしれませんが…
「結婚は1回」が前提の社会なら2回目のためにセーブする必要がないので、結局は子供の数は変わらないのでは…?
あと普及してる訳でもない仮想的な話で、自然選択の洗礼を受けた訳でもないのに『一種の繁殖戦略でしょう』ってナニよ?
コレくらい、この人の『繁殖戦略』認定は薄っぺらで意味がないんよね…。
しかしこんなん次のに比べれば序の口でした。
【セクハラ】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
川村 そもそも「ハラスメント」という言葉自体をどう捉えたらいいんでしょうか。
竹内 人間も含め、あらゆる動物、いや生物の二大テーマは「生存」と「繁殖」です。セクハラ行為は「繁殖」行為の一環ですから、そういうことがあっても不思議ではない。ただの「浮気」に「不倫」という価値観を持ち込んだのと同じで、「セクハラ」も価値観を導入した結果、社会がおかしな、不自由なことになっているんじゃないでしょうか。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(P.102)
…とセクハラ容認。
それどころか、セクハラが許容されないせいで『社会がおかしな、不自由なことになっているんじゃないでしょうか』とまで言っちゃう竹内久美子。
これもう半分女性の敵だろ。
あと竹内久美子自身が「セクハラに価値観を持ち込むべきでない」とか「今の社会はおかしくて不自由なので元に戻すべきだ」といった価値観を持ち込んでる件。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
私の場合、学問的な師の日高敏隆先生が、まさにそういう人でした。日高先生は女性関係が派手で、セクハラ、パワハラ、おまけにアカハラ(アカデミック・ハラスメント)的な発言もとても多かった。
でも、そういう欠点を全て補って余りあるほど、大きな人物でもあった。女性、男性に関係なく世話好きで面倒見が良かったんです。もし先生がセクハラ問題で失脚したら、研究室のみんなが困ってしまう(笑)。だから、密告するような人たちはいなかったんです。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(P.103)
功績があればハラスメントも大目に見ちゃう竹内久美子。
そういえば、
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
竹内 従軍慰安婦と同じ話ですね。慰安婦がいなかったら、普通の人が兵隊に犯されていた。
川村 従軍慰安婦は一種の必要悪ではないでしょうか。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(P.22)
…とかも言ってたなぁ…。
無茶苦茶なロジックで保守を擁護するのも必要悪なんでしょーか?
※次回に続きます
(00:00)
2022年10月26日
【竹内久美子さん、例の睾丸記事を書籍化してた】
その①:竹内久美子さん、暴力を肯定してしまう
竹内久美子が「リベラルは睾丸が小さい」的なコト書いて炎上した記事を再録した書籍があるので読んでみました~。
『「浮気」を「不倫」と呼ぶな──動物行動学で見る「日本型リベラル」考』

2018年・WAC刊…いつものネトウヨさん出版社ですね。
この本は川村二郎との対談集になっています。
この人、元『週刊朝日』編集長・朝日新聞編集委員なのにWACから本出してるのですが…
77歳(本書刊行当時)というご高齢のせいか、言ってることが昭和のガハハオヤジ。
例えば↓こんなの。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
私の実感から言えば、タテマエは子供のもの、ホンネは大人の世界と言うことになる。わかりやすい例をあげれば、何でもかんでも平等を求めるのが子供なら、文化遺産が権力者の遺物で、人間が平等なのは、法の前だけであることを知っているのが大人である。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(P.5)
(LGBTについて)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
もし差別されているとウジウジしている人がいたら、
「くやしかったら、いい仕事して、見返してやりなさい」と言ってやるつもりでいる。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(P.187)
…現状を改善する気ゼロですね…。
あと「赤という色はスポーツ等で有利に働く」という話で、
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
1人で書けばアグラだけど、2人で書けばバイ(倍)アグラ」というジョークがありますけど、彼にとって赤はバイアグラだったのかもしれません(笑)。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(P.149)
とかね、もうお爺ちゃんなんでね…。
などと「年齢のせい」ということにして差し上げましたが、「ソレ高齢者差別やろ」とか言われたら「じゃあ年齢ではなくご本人の人格の問題ですよね」路線に切り替えま~す。
そして僕らの竹内久美子。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
日本型リベラルとは、簡単に言えば、共産主義、社会主義が失敗に終わった今でも、その思想にしがみつき、捏造、隠蔽、改竄、研究妨害などもいとわない人々です。記事にも書いていますが、私が関わっている動物行動学や進化生物学の分野でメディアによく登場する、ある学者は専門書でこう言っています。「人間の歴史上、婚外交渉が長らく重要な働きをしてきたのか、現在でも実際にしばしば精子間競争の状況があるのか、くわしいことはよくわかりません」と言う(笑)。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(P.18)
はいコレ、長谷川眞理子のことですね。
本書には『別冊正論』に載った睾丸記事と、それを要約した産経の記事も収録されており、そちらにも同じ話が出ています。
読者は計3回に渡り、竹内久美子の長谷川眞理子に対するルサンチマンを楽しめるというユーザーフレンドリーな設計。
このハセマリ関連の話や炎上した「リベラルは睾丸が小さく浮気などできない人がなりやすい」発言については以下のエントリを参照。
『トンデモさんミーツネトウヨさん ーもともとアレな竹内久美子さん、余計にアレになるー』
http://wsogmm.livedoor.blog/archives/9321696.html
この本は川村二郎との対談集になっています。
この人、元『週刊朝日』編集長・朝日新聞編集委員なのにWACから本出してるのですが…
77歳(本書刊行当時)というご高齢のせいか、言ってることが昭和のガハハオヤジ。
例えば↓こんなの。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
私の実感から言えば、タテマエは子供のもの、ホンネは大人の世界と言うことになる。わかりやすい例をあげれば、何でもかんでも平等を求めるのが子供なら、文化遺産が権力者の遺物で、人間が平等なのは、法の前だけであることを知っているのが大人である。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(P.5)
(LGBTについて)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
もし差別されているとウジウジしている人がいたら、
「くやしかったら、いい仕事して、見返してやりなさい」と言ってやるつもりでいる。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(P.187)
…現状を改善する気ゼロですね…。
あと「赤という色はスポーツ等で有利に働く」という話で、
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
1人で書けばアグラだけど、2人で書けばバイ(倍)アグラ」というジョークがありますけど、彼にとって赤はバイアグラだったのかもしれません(笑)。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(P.149)
とかね、もうお爺ちゃんなんでね…。
などと「年齢のせい」ということにして差し上げましたが、「ソレ高齢者差別やろ」とか言われたら「じゃあ年齢ではなくご本人の人格の問題ですよね」路線に切り替えま~す。
そして僕らの竹内久美子。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
日本型リベラルとは、簡単に言えば、共産主義、社会主義が失敗に終わった今でも、その思想にしがみつき、捏造、隠蔽、改竄、研究妨害などもいとわない人々です。記事にも書いていますが、私が関わっている動物行動学や進化生物学の分野でメディアによく登場する、ある学者は専門書でこう言っています。「人間の歴史上、婚外交渉が長らく重要な働きをしてきたのか、現在でも実際にしばしば精子間競争の状況があるのか、くわしいことはよくわかりません」と言う(笑)。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(P.18)
はいコレ、長谷川眞理子のことですね。
本書には『別冊正論』に載った睾丸記事と、それを要約した産経の記事も収録されており、そちらにも同じ話が出ています。
読者は計3回に渡り、竹内久美子の長谷川眞理子に対するルサンチマンを楽しめるというユーザーフレンドリーな設計。
このハセマリ関連の話や炎上した「リベラルは睾丸が小さく浮気などできない人がなりやすい」発言については以下のエントリを参照。
『トンデモさんミーツネトウヨさん ーもともとアレな竹内久美子さん、余計にアレになるー』
http://wsogmm.livedoor.blog/archives/9321696.html
竹内久美子のアレな発言はどんどん出てくるので先を急ぎます。
しかしミツバチには病気の仲間をポイする「衛生行動」があるし、ツバメは子殺しを、イルカは集団レイプをします。
我々はそれらも学ぶべきなのでしょうか?
「動物の良い点は見習い、悪い点は見習わない」と言うなら、我々はそもそも「動物から学ばなくても善悪の区別が付けられる」ということですよね。
だったら動物など持ち出さず、最初からその道徳律を基準にすれば済む話です。
我々は「どうするべきか」という価値観を動物に学んではならないのです。
そしてそういうお門違いな話を持ち掛けられても断らない竹内久美子。
そして話はジェンダーフリーへ。
【ジェンダーフリー】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
竹内 昔は名簿が男女別に「あ」から始まっていたのが、男女混合になってしまいましたよね。
川村 それが戦後の民主主義教育というものでしょう。
竹内 あらゆるところでジェンダーフリーだと叫ばれるようになったんです。それは、政治的に正しいように聞こえますが、オスとメスでは論理が全く違います。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(P.40)
なんで『男女混合になってしまいましたよね』と残念そうな口調なん?
オスとメスで論理が違うと、混合名簿は不適切になっちゃうんでしょうか?
なんのこっちゃ…?
さらに話はいじめへ。
【いじめ】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
竹内『サイコパス』(文春新書)の中野信子さんは「いじめはなくならない」と言っていますよね。仮想敵を作るのと同じで、いじめの対象を作ることで団結するようになるのです。それは非常に大事なことで、本能的な事でもある。キレイにイジメがなくなって、みんな仲良しになることはあり得ません。常に攻撃対象を作らないといけないわけですから。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(P.42)
事実と価値観の区別が付かない竹内久美子なので、いじめを否定せず、むしろいじめの構造を『非常に大事なこと』と肯定しちゃってますね。
あと「本能」という、今ドキの生物畑では使われない言葉を今回も使用。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
竹内 男の子はもっと喧嘩したりするべきです。でも、今の小学校ではケンカはダメだと禁じている。それではガキ大将が生まれません。ケンカをして、力関係ができてガキ大将が生まれれば、陰湿ないじめはかなり防ぐことができると思います。故・星野仙一さんは、子供の頃から非常に体が大きくケンカが強かった。上級生が同級生をイジメると、「何をイジメとるんや!」と上級生に喧嘩を売り勝っていたんです。ずっとガキ大将だったわけですが、その後、野球の世界に入り、名監督になった。ガキ大将がイジメられっ子を守って、それが社会のリーダーになり、日本を運営していくことが大切です。そんな人が首相になれれば、すごく安心な社会だと思います。もう一つ、私はヤンキーという存在を非常に重要視しています。勉強は嫌いだけど、頭が悪いかと言うと、むしろ良い方です。個人で会社を作って成功することも多い。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(P.44)
またしても暴力を肯定。
竹内久美子は自伝本によれば協調性ゼロの陰キャでいじめられっ子キャラだった割に、ガキ大将やヤンキーにはやたら好意的という謎。
逆張り好きだな~…。
「いじめ対策にガキ大将の復権を」とか80年代くらいから目にしてきましたが、今ドキこんなん唱えてる人いるんや!?
こういう「横暴な人格者」に任せれば上手くいく、という発想は、体育会系の部活でシゴキや集団レイプが横行している現実を見れば出てこない筈なんですけどね…。
あといじめはなくならない筈だったのに、ガキ大将を投入すれば『かなり防ぐことができる』んだ…?
さらにこんな発言も。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
日本人で言うと、縄文系にはアフリカ系に近い流れがあります。縄文系の子孫は恰好いい場合が多く、九州地方や東北地方のような日本の周辺部にいる。近畿中部は渡来系がつよいので、美男美女が少ない(笑)。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(P.47)
どの民族にも固有の美しさがあるし、そもそもここで言う「美男美女」自体が西欧の影響を受けた現代日本の文化的偏見に過ぎないですよね?
しかしこの人、美醜の話やたら好きだな~…。
まぁ行動生物学とかの進化論系は「個体の質」とか扱うから仕方ない部分もありますが…
気に喰わない相手をブ男よばわりしたり、主観的なバイアスがやたら目立つ人物が民族レベルの美醜について語るのはちょっと。
昔から骨相学とかその手の学問は差別の正当化に使われてきた訳で、まともな研究者ならそのへん軽々しく扱わない筈なのですが…
※次回に続きます
お次は↓コレ。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
京都大学は民青(日本民主青年同盟、共産党の青年組織)の連中が非常に多かったのです。私はその頃、政治的な思想についてはよくわからなかったのですが、どうも民青の男性は揃いも揃って、普通は女性が寄り付かないであろう、救いがたいブ男であることがわかりました(笑)。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(P.23)
『民青の連中』は『救いがたいブ男』だそうです。
ネトウヨさんは左翼を「ブサヨ」と呼んで容姿から差別するものですが、竹内久美子は半世紀近く前からこういう意識な訳で、なかなか根が深い。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
竹内 (中略)そこからスタートして、動物行動学を勉強して、いろいろわかってきたんです。つまり、本質はモテない男が平等や貧富の差の解消を叫んでいるに過ぎないんじゃないかと。
川村 いやあ、朝日新聞の編集幹部に聞かせてやりたいですね(笑)。本当にカッコ悪いのが増えたんですよ。人は見た目が大事みたいな本(竹内一郎著『人は見た目が9割』新潮新書)が流行ったときに、白洲正子さんは「見た目がすべてよ」と断言していましたけど、僕も全く同感ですね。
外見こそ中身を知る手がかり
竹内 まさにその通りで、「人は外見で判断してはいけません」というのがポリティカル・コレクトネスでしょう。でも、違います。外見も中身の範囲なんですよ。クジャクのオスは綺麗な羽を持っています。よりカラフルで目玉模様がたくさんあるオスに、メスの人気が集中します。なぜ、そういうオスが好まれるのか。
それは寄生虫などの病原体に襲われると、羽の色がくすんだり、目玉模様がたくさんつくられなくなったりするからです。優秀な子孫を残したい本能があるメスとしては、より完璧に近いオスに惹かれるのは当然なわけです。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(P.23)
はい、竹内久美子が毎度やらかす「生物学的にどうであるか」という事実命題と「我々の社会はどうであるべきか」という価値命題をゴッチャにするやつ~。
「ヒュームの法則」違反(自然主義的誤謬)です。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
川村 今は「自由・平等・平和(博愛)」がスローガンのように大切にされています。ケンカなんかとんでもない。平和主義が大事になっている。
竹内 「自由・平等・平和」こそ、日本型リベラルの典型ですよ。戦後の日本人は、それらが正しいという刷り込み教育をされています。さらに、日本人は真面目だから、本気でそう思い込んでしまうところもある。日本型リベラルは、真面目です。動物学的に言えば、睾丸が小さく、テストステロンのレベルが低いと言えるわけですが(笑)。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(P.27)
自由・平等・平和を否定し、暴力による解決を肯定しちゃってますね…。
その割に竹内久美子は後に他著で「私は保守だから暴力に嫌悪感がある」みたいな、訳わからんこと言い出してたり。
『【朗報】竹内久美子さん、比類なきリベラルだった【自伝本③】』
http://wsogmm.livedoor.blog/archives/17048500.html
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
竹内 『浮気人類進化論 きびしい社会といいかげんな社会』(晶文社/文春文庫)という本を出した時、「これは浮気を推奨する本ですね」と批判されたことがありました(笑)。別に推奨はしていません。浮気を通じて人間は脳が発達し、言語能力が高まったということを述べているだけです。浮気をすると隠そうとしたり、相手のウソを見破ろうとするなど、頭を必死で働かせるでしょう。そういうことを通じて人類は脳を発達させ、人間たり得たのではないかと。
川村 浮気を肯定も否定もしていないんですね。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(P.29)
へ~、浮気を肯定も否定もしていないんだー。
しかしその直前で2人はこうも発言。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
竹内 (中略)外に関心がないからダメだと言うことではなく、それは認めて、その戦略をとればいいのです。外に関心が強い人は、どんどん浮気をしていけばいい。それぞれにメリット、デメリットがあり、また、本人がどちらのタイプか自覚することが大事なんですよ。
川村 僕は浮気タイプだと自覚していますが(笑)。
竹内 それでいいんです(笑)。そのタイプであると、自分で追求していけば、自ずと自分の遺伝子をこの世界に残すことができるわけです。
川村 そういうことを考えて浮気していたわけではないんですけどね(笑)。
竹内 動物の最も重要な課題は、次の世代、そのまた次の世代に自分の遺伝子をいかに多く残すかです。
その際、浮気をしてあちらこちらにばら撒こうとするタイプもいれば、手堅く奥さんをガードして、子育てもしっかりやるタイプもいるということです。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(P.28)
…浮気に向いてるタイプは浮気すればいい、とはっきり主張してますね。
おまけにそれが『自ずと自分の遺伝子をこの世界に残すこと』につながるから、と正当化。
またしても事実と価値観を混同してるやん…。
ちなみに
「『浮気人類進化論』ではそうは言ってない」
とか
「向いてるタイプは浮気すればいい、向いてないタイプはしない方がいい、と言ってるのだから、肯定も否定もしてない」
とかいう言い逃れも不可能ではありませんが、それって「ご飯論法」ですよね。
「朝ご飯を食べましたか?」
「(朝、パンは食べたけど、お米のご飯は)食べていない」
「浮気を推奨しましたか?」
「(特定の本では)してません。否定も肯定も(それぞれ向いてる人にしか)してません」
というコトですよね。
あと『浮気人類進化論』にそういった発言が本当にないのかも怪しいのでいずれちゃんと調査します。
さらにこんな発言も。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
川村 (中略)浮気の責任をホルモンに押し付ける説は女性には不快でしょうが、僕も若い時に先生に教えてもらえばよかった(笑)。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(P.35)
その直前には竹内久美による「男が浮気型か真面目型かを決める一つの要因は、ホルモン(バソプレシン)受容体の遺伝子の型」という話があるので、ここで言う「ホルモン」は事実上、「遺伝子」のことですね。
そしてこの川村の理解を竹内久美子は特に否定するでもなく。
この人の「男の浮気は遺伝子のせい」という芸風、変わらないな~…。
あとこんなのも。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
川村 どうやら日本人は哺乳類であることを思い出して、子育てや後継者の育て方を肉食獣や草食獣に学んだほうがよさそうですね。動物の生き方は参考になることが多いので、まだまだお話をお聞きしたいです。
竹内 よろしくお願いします。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(P.51)
動物の生き方から何かを学ぼう、という主張は昔からよくあります。
ミツバチから勤勉さを、ツバメから子育てを、イルカから優しさを学ぼう、という訳ですね。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
京都大学は民青(日本民主青年同盟、共産党の青年組織)の連中が非常に多かったのです。私はその頃、政治的な思想についてはよくわからなかったのですが、どうも民青の男性は揃いも揃って、普通は女性が寄り付かないであろう、救いがたいブ男であることがわかりました(笑)。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(P.23)
『民青の連中』は『救いがたいブ男』だそうです。
ネトウヨさんは左翼を「ブサヨ」と呼んで容姿から差別するものですが、竹内久美子は半世紀近く前からこういう意識な訳で、なかなか根が深い。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
竹内 (中略)そこからスタートして、動物行動学を勉強して、いろいろわかってきたんです。つまり、本質はモテない男が平等や貧富の差の解消を叫んでいるに過ぎないんじゃないかと。
川村 いやあ、朝日新聞の編集幹部に聞かせてやりたいですね(笑)。本当にカッコ悪いのが増えたんですよ。人は見た目が大事みたいな本(竹内一郎著『人は見た目が9割』新潮新書)が流行ったときに、白洲正子さんは「見た目がすべてよ」と断言していましたけど、僕も全く同感ですね。
外見こそ中身を知る手がかり
竹内 まさにその通りで、「人は外見で判断してはいけません」というのがポリティカル・コレクトネスでしょう。でも、違います。外見も中身の範囲なんですよ。クジャクのオスは綺麗な羽を持っています。よりカラフルで目玉模様がたくさんあるオスに、メスの人気が集中します。なぜ、そういうオスが好まれるのか。
それは寄生虫などの病原体に襲われると、羽の色がくすんだり、目玉模様がたくさんつくられなくなったりするからです。優秀な子孫を残したい本能があるメスとしては、より完璧に近いオスに惹かれるのは当然なわけです。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(P.23)
はい、竹内久美子が毎度やらかす「生物学的にどうであるか」という事実命題と「我々の社会はどうであるべきか」という価値命題をゴッチャにするやつ~。
「ヒュームの法則」違反(自然主義的誤謬)です。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
川村 今は「自由・平等・平和(博愛)」がスローガンのように大切にされています。ケンカなんかとんでもない。平和主義が大事になっている。
竹内 「自由・平等・平和」こそ、日本型リベラルの典型ですよ。戦後の日本人は、それらが正しいという刷り込み教育をされています。さらに、日本人は真面目だから、本気でそう思い込んでしまうところもある。日本型リベラルは、真面目です。動物学的に言えば、睾丸が小さく、テストステロンのレベルが低いと言えるわけですが(笑)。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(P.27)
自由・平等・平和を否定し、暴力による解決を肯定しちゃってますね…。
その割に竹内久美子は後に他著で「私は保守だから暴力に嫌悪感がある」みたいな、訳わからんこと言い出してたり。
『【朗報】竹内久美子さん、比類なきリベラルだった【自伝本③】』
http://wsogmm.livedoor.blog/archives/17048500.html
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
竹内 『浮気人類進化論 きびしい社会といいかげんな社会』(晶文社/文春文庫)という本を出した時、「これは浮気を推奨する本ですね」と批判されたことがありました(笑)。別に推奨はしていません。浮気を通じて人間は脳が発達し、言語能力が高まったということを述べているだけです。浮気をすると隠そうとしたり、相手のウソを見破ろうとするなど、頭を必死で働かせるでしょう。そういうことを通じて人類は脳を発達させ、人間たり得たのではないかと。
川村 浮気を肯定も否定もしていないんですね。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(P.29)
へ~、浮気を肯定も否定もしていないんだー。
しかしその直前で2人はこうも発言。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
竹内 (中略)外に関心がないからダメだと言うことではなく、それは認めて、その戦略をとればいいのです。外に関心が強い人は、どんどん浮気をしていけばいい。それぞれにメリット、デメリットがあり、また、本人がどちらのタイプか自覚することが大事なんですよ。
川村 僕は浮気タイプだと自覚していますが(笑)。
竹内 それでいいんです(笑)。そのタイプであると、自分で追求していけば、自ずと自分の遺伝子をこの世界に残すことができるわけです。
川村 そういうことを考えて浮気していたわけではないんですけどね(笑)。
竹内 動物の最も重要な課題は、次の世代、そのまた次の世代に自分の遺伝子をいかに多く残すかです。
その際、浮気をしてあちらこちらにばら撒こうとするタイプもいれば、手堅く奥さんをガードして、子育てもしっかりやるタイプもいるということです。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(P.28)
…浮気に向いてるタイプは浮気すればいい、とはっきり主張してますね。
おまけにそれが『自ずと自分の遺伝子をこの世界に残すこと』につながるから、と正当化。
またしても事実と価値観を混同してるやん…。
ちなみに
「『浮気人類進化論』ではそうは言ってない」
とか
「向いてるタイプは浮気すればいい、向いてないタイプはしない方がいい、と言ってるのだから、肯定も否定もしてない」
とかいう言い逃れも不可能ではありませんが、それって「ご飯論法」ですよね。
「朝ご飯を食べましたか?」
「(朝、パンは食べたけど、お米のご飯は)食べていない」
「浮気を推奨しましたか?」
「(特定の本では)してません。否定も肯定も(それぞれ向いてる人にしか)してません」
というコトですよね。
あと『浮気人類進化論』にそういった発言が本当にないのかも怪しいのでいずれちゃんと調査します。
さらにこんな発言も。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
川村 (中略)浮気の責任をホルモンに押し付ける説は女性には不快でしょうが、僕も若い時に先生に教えてもらえばよかった(笑)。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(P.35)
その直前には竹内久美による「男が浮気型か真面目型かを決める一つの要因は、ホルモン(バソプレシン)受容体の遺伝子の型」という話があるので、ここで言う「ホルモン」は事実上、「遺伝子」のことですね。
そしてこの川村の理解を竹内久美子は特に否定するでもなく。
この人の「男の浮気は遺伝子のせい」という芸風、変わらないな~…。
あとこんなのも。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
川村 どうやら日本人は哺乳類であることを思い出して、子育てや後継者の育て方を肉食獣や草食獣に学んだほうがよさそうですね。動物の生き方は参考になることが多いので、まだまだお話をお聞きしたいです。
竹内 よろしくお願いします。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(P.51)
動物の生き方から何かを学ぼう、という主張は昔からよくあります。
ミツバチから勤勉さを、ツバメから子育てを、イルカから優しさを学ぼう、という訳ですね。
しかしミツバチには病気の仲間をポイする「衛生行動」があるし、ツバメは子殺しを、イルカは集団レイプをします。
我々はそれらも学ぶべきなのでしょうか?
「動物の良い点は見習い、悪い点は見習わない」と言うなら、我々はそもそも「動物から学ばなくても善悪の区別が付けられる」ということですよね。
だったら動物など持ち出さず、最初からその道徳律を基準にすれば済む話です。
我々は「どうするべきか」という価値観を動物に学んではならないのです。
そしてそういうお門違いな話を持ち掛けられても断らない竹内久美子。
そして話はジェンダーフリーへ。
【ジェンダーフリー】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
竹内 昔は名簿が男女別に「あ」から始まっていたのが、男女混合になってしまいましたよね。
川村 それが戦後の民主主義教育というものでしょう。
竹内 あらゆるところでジェンダーフリーだと叫ばれるようになったんです。それは、政治的に正しいように聞こえますが、オスとメスでは論理が全く違います。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(P.40)
なんで『男女混合になってしまいましたよね』と残念そうな口調なん?
オスとメスで論理が違うと、混合名簿は不適切になっちゃうんでしょうか?
なんのこっちゃ…?
さらに話はいじめへ。
【いじめ】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
竹内『サイコパス』(文春新書)の中野信子さんは「いじめはなくならない」と言っていますよね。仮想敵を作るのと同じで、いじめの対象を作ることで団結するようになるのです。それは非常に大事なことで、本能的な事でもある。キレイにイジメがなくなって、みんな仲良しになることはあり得ません。常に攻撃対象を作らないといけないわけですから。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(P.42)
事実と価値観の区別が付かない竹内久美子なので、いじめを否定せず、むしろいじめの構造を『非常に大事なこと』と肯定しちゃってますね。
あと「本能」という、今ドキの生物畑では使われない言葉を今回も使用。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
竹内 男の子はもっと喧嘩したりするべきです。でも、今の小学校ではケンカはダメだと禁じている。それではガキ大将が生まれません。ケンカをして、力関係ができてガキ大将が生まれれば、陰湿ないじめはかなり防ぐことができると思います。故・星野仙一さんは、子供の頃から非常に体が大きくケンカが強かった。上級生が同級生をイジメると、「何をイジメとるんや!」と上級生に喧嘩を売り勝っていたんです。ずっとガキ大将だったわけですが、その後、野球の世界に入り、名監督になった。ガキ大将がイジメられっ子を守って、それが社会のリーダーになり、日本を運営していくことが大切です。そんな人が首相になれれば、すごく安心な社会だと思います。もう一つ、私はヤンキーという存在を非常に重要視しています。勉強は嫌いだけど、頭が悪いかと言うと、むしろ良い方です。個人で会社を作って成功することも多い。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(P.44)
またしても暴力を肯定。
竹内久美子は自伝本によれば協調性ゼロの陰キャでいじめられっ子キャラだった割に、ガキ大将やヤンキーにはやたら好意的という謎。
逆張り好きだな~…。
「いじめ対策にガキ大将の復権を」とか80年代くらいから目にしてきましたが、今ドキこんなん唱えてる人いるんや!?
こういう「横暴な人格者」に任せれば上手くいく、という発想は、体育会系の部活でシゴキや集団レイプが横行している現実を見れば出てこない筈なんですけどね…。
あといじめはなくならない筈だったのに、ガキ大将を投入すれば『かなり防ぐことができる』んだ…?
さらにこんな発言も。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
日本人で言うと、縄文系にはアフリカ系に近い流れがあります。縄文系の子孫は恰好いい場合が多く、九州地方や東北地方のような日本の周辺部にいる。近畿中部は渡来系がつよいので、美男美女が少ない(笑)。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(P.47)
どの民族にも固有の美しさがあるし、そもそもここで言う「美男美女」自体が西欧の影響を受けた現代日本の文化的偏見に過ぎないですよね?
しかしこの人、美醜の話やたら好きだな~…。
まぁ行動生物学とかの進化論系は「個体の質」とか扱うから仕方ない部分もありますが…
気に喰わない相手をブ男よばわりしたり、主観的なバイアスがやたら目立つ人物が民族レベルの美醜について語るのはちょっと。
昔から骨相学とかその手の学問は差別の正当化に使われてきた訳で、まともな研究者ならそのへん軽々しく扱わない筈なのですが…
※次回に続きます
(00:00)
2022年10月24日
世の中には「ユニコーン系男子」とか「処女厨」と呼ばれる人たちがいる。
非オタの人のために説明しておくと、女性の処女性に異常なまでに拘る人々のことである。
「ユニコーン系男子」という名称は伝説上の動物・ユニコーンは処女にだけ心を許す、という伝承に基づく。
彼らは特にアニメ・声優ファンに多いとされている。
アニメなどの二次元は自らの理想を投影・仮託しやすい分、こじらせやすいのかもしれない。
近年では架空のキャラクターが非処女とされただけで騒動に発展するらしい。
【ニコニコ大百科】
『処女厨』
http://dic.nicovideo.jp/a/%E5%87%A6%E5%A5%B3%E5%8E%A8
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
処女信仰の中でもアイドルやアイドル声優と言ったエンターテインメントの世界の人から、二次元の女性キャラクターにまで処女であることを異常に押し付ける傾向が人一倍強い事で知られる。
後者の主な例が漫画「かんなぎ」の非処女疑惑騒動であり、この騒動は似たような顧客層を持つ美少女ゲーム界隈にも影響を与え、純愛系ゲームのヒロインは全員必ず処女にする、あるいは初Hシーンで必ず破瓜表現をつけるといった対策が施される事になった。
女性アイドルの交際が発覚したり、非処女であった事が発覚した場合突如アンチ側に移り、関連グッズを破いたり叩き割る、タレントに危害を加えたりするはた迷惑な存在として知られている。
中にはストーキング行為に及ぶものまでいれば、殺害予告までして逮捕されたものもいたり犯罪者になってしまう者も少なくない。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
…まぁこういう犯罪者&その予備軍扱いもどうかと思うが、そもそも「処女厨」という概念自体に「行き過ぎた言動を行う人」という含意もあり(「厨」は「厨房」、つまり「中坊」であり、「中学生なみのレベルの人」という意味である)、定義によってそういった人々を多く含む。
ことに声優ファンのユニコーン系男子は興味深い存在である。
声優とはアニメのキャラクターと一体の関係でありつつ、同時に実在の女性でもあり、実際に処女であったり非処女であったりする。
したがって声優はアニメの美少女と同様に処女性を問題とされるが、この拘りは対象が実在女性である分、「二次元のキャラクターの処女性を気に病むこと」ほどの奇異さからは解放されてもいる。
そのためか、彼らは声高に処女性に執着してみせがちなのだ。
声優ファンは
『完全に娼婦の声になってる。今の愛生、昔みたく処女膜から声がでていない』
との名言を生み出したことで知られている。
他にもこんな名言の数々が存在する。
【(まとめては)いかんのか?】『声優に彼氏発覚した時の声豚の名言で打線を組んだwwww』
http://blog.livedoor.jp/livejupiter2/archives/5003549.html
(現在はリンク切れ)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
1 名前:風吹けば名無し :2011/12/23(金) 00:45:17.29 ID:b2qxxhSv
1(二)俺に死ねと言っているのかよ
2(遊)世界はなぜ僕を追い詰めるのか
3(一)チンポしゃぶった口から出る音を俺に聞かせたのか
4(左)耳に精子がかかる
5(三)こんな思いをするのなら花や草に生まれたかった
6(右)近くの心療内科に行ったら急性ストレスによる適応障害って診断された
7(中)今後誰かが同じ過ちをしない為にも、ここは徹底的に叩くのが正解
8(捕)完全に娼婦の声になってる
9(投)処女膜から声が出ていない
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ユニコーン系男子の生態については他にこのあたりを参照されたい。
『ノムケン!』
声豚の名言キモすぎわろたwww
http://blog.livedoor.jp/nomuken77/archives/1636506.html
http://dic.nicovideo.jp/a/%E5%87%A6%E5%A5%B3%E5%8E%A8
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
処女信仰の中でもアイドルやアイドル声優と言ったエンターテインメントの世界の人から、二次元の女性キャラクターにまで処女であることを異常に押し付ける傾向が人一倍強い事で知られる。
後者の主な例が漫画「かんなぎ」の非処女疑惑騒動であり、この騒動は似たような顧客層を持つ美少女ゲーム界隈にも影響を与え、純愛系ゲームのヒロインは全員必ず処女にする、あるいは初Hシーンで必ず破瓜表現をつけるといった対策が施される事になった。
女性アイドルの交際が発覚したり、非処女であった事が発覚した場合突如アンチ側に移り、関連グッズを破いたり叩き割る、タレントに危害を加えたりするはた迷惑な存在として知られている。
中にはストーキング行為に及ぶものまでいれば、殺害予告までして逮捕されたものもいたり犯罪者になってしまう者も少なくない。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
…まぁこういう犯罪者&その予備軍扱いもどうかと思うが、そもそも「処女厨」という概念自体に「行き過ぎた言動を行う人」という含意もあり(「厨」は「厨房」、つまり「中坊」であり、「中学生なみのレベルの人」という意味である)、定義によってそういった人々を多く含む。
ことに声優ファンのユニコーン系男子は興味深い存在である。
声優とはアニメのキャラクターと一体の関係でありつつ、同時に実在の女性でもあり、実際に処女であったり非処女であったりする。
したがって声優はアニメの美少女と同様に処女性を問題とされるが、この拘りは対象が実在女性である分、「二次元のキャラクターの処女性を気に病むこと」ほどの奇異さからは解放されてもいる。
そのためか、彼らは声高に処女性に執着してみせがちなのだ。
声優ファンは
『完全に娼婦の声になってる。今の愛生、昔みたく処女膜から声がでていない』
との名言を生み出したことで知られている。
他にもこんな名言の数々が存在する。
【(まとめては)いかんのか?】
http://blog.livedoor.jp/livejupiter2/archives/5003549.html
(現在はリンク切れ)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
1 名前:風吹けば名無し :2011/12/23(金) 00:45:17.29 ID:b2qxxhSv
1(二)俺に死ねと言っているのかよ
2(遊)世界はなぜ僕を追い詰めるのか
3(一)チンポしゃぶった口から出る音を俺に聞かせたのか
4(左)耳に精子がかかる
5(三)こんな思いをするのなら花や草に生まれたかった
6(右)近くの心療内科に行ったら急性ストレスによる適応障害って診断された
7(中)今後誰かが同じ過ちをしない為にも、ここは徹底的に叩くのが正解
8(捕)完全に娼婦の声になってる
9(投)処女膜から声が出ていない
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ユニコーン系男子の生態については他にこのあたりを参照されたい。
『ノムケン!』
声豚の名言キモすぎわろたwww
http://blog.livedoor.jp/nomuken77/archives/1636506.html
…で、10年近く前にちょっと話題になったのがコレ。


アイドルグループのファンは自分が応援しているメンバーを「推しメン」と呼ぶが、これは推しメンならぬ「推し膜」Tシャツ。
この発想には度胆を抜かれた。
なにしろ声優やアイドルを「処女である」と勝手に仮定し、その処女性を「処女膜」に象徴化し、「処女膜」を声優やアイドルの代名詞とした上で省略して混成語にし、それを何の説明もなく使用し、しかもその流通が成立しているのだ!
なんというねじくれっぷり。
そもそも処女膜というのは一般に「処女の証」であって(実際にはその証拠能力は低いが【註1】)、膜そのものが魅力的という訳ではない。
というか、正確には膜ですらなく、ただの襞のようなものである。【註2】
それが神聖視され、愛情の対象である声優やアイドルそのものと同値で結ばれ、等価に扱われている!
だがこういった倒立はフェティシズムの本質である。
例えば、ただの布きれに過ぎないパンツが「性器を覆っている」という理由でプレミアムを付与されて神聖視され、その結果「パンツの中身よりむしろパンツが好き」という本末転倒な人も出てくる。
フェティシズムは「呪物崇拝」と訳される。
つまり極めて呪術的な行為である。
ジェームズ・フレイザーは『金枝篇』において呪術を「類似の原理に基づく『類感呪術』」と「接触の原理に基づく『感染呪術』」に大別した。
類感呪術とは「似ているもの同士には呪術的な関係がある」という「類似の原理」に基づくもの。
水を撒いて雨乞いすると雨が降る、とかキットカットを持っていれば「きっと勝つ」に音が似ているので受験に受かる、とかがこれにあたる(ついでに、「スタンド使い同士はひかれあう」というのもコレじゃないかと思う)。
感染呪術とは「関係があったもの同士には呪術的な関係がある」という「接触の原理」に基づくものである。
つまり密着していたものにはその特性が「うつる」という考え方だ。
この発想には度胆を抜かれた。
なにしろ声優やアイドルを「処女である」と勝手に仮定し、その処女性を「処女膜」に象徴化し、「処女膜」を声優やアイドルの代名詞とした上で省略して混成語にし、それを何の説明もなく使用し、しかもその流通が成立しているのだ!
なんというねじくれっぷり。
そもそも処女膜というのは一般に「処女の証」であって(実際にはその証拠能力は低いが【註1】)、膜そのものが魅力的という訳ではない。
というか、正確には膜ですらなく、ただの襞のようなものである。【註2】
それが神聖視され、愛情の対象である声優やアイドルそのものと同値で結ばれ、等価に扱われている!
だがこういった倒立はフェティシズムの本質である。
例えば、ただの布きれに過ぎないパンツが「性器を覆っている」という理由でプレミアムを付与されて神聖視され、その結果「パンツの中身よりむしろパンツが好き」という本末転倒な人も出てくる。
フェティシズムは「呪物崇拝」と訳される。
つまり極めて呪術的な行為である。
ジェームズ・フレイザーは『金枝篇』において呪術を「類似の原理に基づく『類感呪術』」と「接触の原理に基づく『感染呪術』」に大別した。
類感呪術とは「似ているもの同士には呪術的な関係がある」という「類似の原理」に基づくもの。
水を撒いて雨乞いすると雨が降る、とかキットカットを持っていれば「きっと勝つ」に音が似ているので受験に受かる、とかがこれにあたる(ついでに、「スタンド使い同士はひかれあう」というのもコレじゃないかと思う)。
感染呪術とは「関係があったもの同士には呪術的な関係がある」という「接触の原理」に基づくものである。
つまり密着していたものにはその特性が「うつる」という考え方だ。
小学生の時の「ウンコ踏んだ奴はウンコ野郎、ウンコ野郎に触られた奴もウンコ野郎」、という謎ルールがコレにあたる。
しかしフレイザーは「感染呪術には類感呪術を含んだものも存在する」とも述べている。
例えば藁人形による呪いは「人の形をした藁人形に釘を刺すと対象者が苦しむ」という部分は類感呪術だが、「藁人形に相手の髪の毛を入れる」という部分は感染呪術と言える。
類似の「紙製のヒトガタに息を吹きかけてから神社に奉納するとヒトガタが身代わりになって病気や悪運を持って行ってくれる」という呪術も同様だ。
下着フェチにもまた両者が同居している。
つまり性器と接触していたパンツは性器の属性に「感染」しており、性器のシンボルとして扱える。
そしてそのシンボルという「類似」のものに対して行ったことは実物に対して行ったことと同じなので、下着をクンカクンカすることは性器をクンカクンカすることと同列、あるいはそれ以上に扱えるのだ。
本体をサポートする側が本体以上の評価を得るという、下着フェチ。
あるいは処女性のシンボルに過ぎない処女膜が処女(希望的観測)本人の代名詞化するという、「推し膜」における下剋上。
価値の逆転という意味でこれは紫衣事件に匹敵する歴史的転換点と言えるだろう。
呪術の本質はシンボル操作であり、シンボル操作をともなう性倒錯は呪物崇拝(フェティシズム)の名に相応しい。
話が逸れたので元に戻す。
処女厨は声優・アニメファンに多いとされている、と書いたが、実際には多くの普通の男性は処女性に拘る。
例えばこの辺を見ると、処女性に拘りすぎて自らを苦しめてしまっている男性がうじゃうじゃいる。
『ひでぶっ!!BOOKMARK』
「非処女」と、幸せな結婚を目指すスレ
http://hidebookmark.com/blog/funny/1350705048.php
(現在はリンク切れ)
しかも一人が非処女で妥協しようとすると、他の者が説得にかかったりする。
バケツに何匹ものカニを入れておくと必死で逃げようと這い上るが、お互いに脚を引っ張りあってどのカニも脱出できないという。
こういうのって誰も幸せにならないカニバケツだなぁ…。
これに比べると処女キャラが好きなだけのアニメファンの方がはるかにましに思える。
声優ファンはともかく、アニメファンはそのことで自分の好きな人を傷つけずには済む。
ネットの世界ではちょっとしたことが炎上につながる。
ここ10年ほどはアルバイターが職場で悪戯した画像をネット上にアップする、所謂「バイトテロ」が問題になった。
ああいうのはやらかした本人も不用意ではあるが、同時に叩く側の問題でもある。
他人の不幸を加速したいだけの物見遊山な人も多いが、真剣に怒っている人もそれなりの数がいるだろう。
叩かれる側は一応は悪いことをしているので、反論や擁護をしにくい立場にある。
狭量な正義感に捉われた人々は大義名分を手に入れ、安全な場所から存分に攻撃衝動を解放できるという訳だ。
そしてネット上の風潮はしばしば現実と乖離する。
特に不倫をめぐる問題がそうだ。
ネット上では不倫は大罪とされ、特に女性であれば「誰にでも股を開くビッチ」として異常な攻撃を受ける。
しかし現実社会においては不倫というのは「好ましくはないにせよしばしば陥るもので、好きな気持ちは止められないから仕方がない」程度の認識の人が多いのではないだろうか。【註3】
女性の不倫が現実から乖離するまでに異常な叩かれ方をするのは、女性が貞淑であることを多くの男性が望んでいるからだ。
女性は子供が自分の子であることを確信できるが、男性はそうではない。
したがって男性は自分の子でない子供の養育をさせれるリスクを背負っており、女性の「体の浮気」を嫌悪する傾向にある。
一方、女性は男性が浮気して外で子供を作っても自分の子供が減る訳ではない。
しかし男性が他の女性や子供の養育にリソースを振り分けると自分が不利になるため、女性は男性の浮気がいつのまにか本気になる「心の浮気」を嫌悪する傾向がある。
男性が若くて健康的で貞淑で処女の女性を好むのは、これから産むことのできるその男性の子供の数が最も多いからだ。
この傾向は世界中で普遍的に見られる。【註4】
イスラム圏では聖戦(ジハード)に参加した男性は死後、天国に行くとされている。
天国には72人の処女が彼を待ち受け、さらに決して悪酔いすることのない酒や果物、肉などを好きなだけ楽しむことができると言うのだ。
イスラム圏は一夫多妻制だが、男女の比率は世界中どこでもおよそ1:1。
ステイタスの高い男性は複数の女性と結婚するため、一部の男性が多くの女性を独占することになり、あぶれる男性が大量に出てくる。
イスラム圏では婚前交渉は禁止なので、独身男性はセックスを知ることもなく子孫も残せない。
そうなると彼らの命はおそろしく安くなる。【註5】
どうせ現世で女性が手に入らないのなら、天国の処女を当てにするしかない。
そこで彼らは航空機を乗っ取り世界貿易センタービルに突っ込むことになる。
実際、911のテロや自爆テロの実行犯はその様に説得されたらしい。
妄想上の処女のためにそこまでする人々もいる、ということを考えれば、声優やアイドルマニアの処女信仰など可愛いものだ、とも言える。
ここでイスラムの教えについて少し調べてみよう。
Wikipediaの『ジハード』の項にはかつてこう記されていた。
「性交を困難にし、それでもやり遂げられるかをテストするため」という説もあるが、これは「女性が意識的にそう目論んでいる」という意味ではなく、単に「処女膜のある女性は結果的にそういう男性の子を産み、『処女膜の遺伝子』と、『処女膜を破れる強い男性の遺伝子』を広げることになった」という意味。
モグラにも処女膜があるが、それは土の侵入を防ぐためらしい。
【註3:不倫】
ちなみにこれは「責任を負えるのは自分に選択権があるものについてのみ」であり、「恋愛感情はコントロール不能なので選択の埒外である」という暗黙の仮定に基づく。
これに対して不倫を許さない人は「人間は自らの行動に対してほとんど常に自由な選択権を行使しており、したがって大抵のことは自己責任である」と考えている。
これは結局のところ「人間に自由意思はあるのか」という数千年来にわたって決着をみなかった哲学的な問いかけであり、どちらも一応擁護可能ではある。
だが科学的知見から言えば、昔ながらの「人間には完全な自由意志が与えられている」という無邪気で素朴な考え方を続けるのは無理がある。
可能なのはせいぜいこの程度のものだろう。
「人に自由意思はないかもしれない。
仮にあったとしても常にあるわけではなく、その度合いも時どきによって高まったり低まったりするだろう。
だがそれでは誰も自らの行為に責任を追えず、犯罪にも責任を負わせられなくなり、社会を維持することができなくなる。
だから擬制として『人には多くの場合、自由意思が存在する』と仮定することにしよう」
【註4】
高名な文化人類学者マーガレット・ミードは1920年代、ポリネシア・サモア諸島でフィールドワークを行い、著書『サモアの思春期』においてサモアの原住民は性的に奔放で思春期のストレスもなく、処女性に拘ることもない、と記述した。
この研究は「氏か育ちか」、つまり人間を作るのは遺伝的要因なのか環境的要因なのか、という論争で環境説を支持するものとして喝采をもって迎えられた。
性の罪悪視やそれに伴う処女信仰はキリスト教世界が生んだ文化的なものであり、本来人間はタブラ・ラサ(白紙状態。ラテン語で「空白の石版」の意。英語ではブランク・スレート)で、後から何でも書き込めるのだ、という訳だ。
そのため、ミードの著作は現在でもジェンダー論者の著作に引用され続けている(男女の違いはあくまで環境要因のみ、ということになるためだ)。
だがデレク・フリーマンがミードの研究を詳細に調査したところ、その多くはでたらめであったことが判明した。
ミードがサモアに滞在したのは数か月に過ぎず、言語も判らず、地元の少女たちのホラ話を真に受けてしまっていた。
結局、サモアの人々も処女性には強いこだわりを見せることが判明。
世界中で行われた調査結果から、処女へのこだわりは人類に普遍的な形質、ヒューマン・ユニヴァーサルであるらしい。
【註5】
あぶれた男性が命を安売りする傾向については下記のエントリを参照。
『ヒトのやること大体同じ:ジョーカー事件はアモクだよ説』
http://wsogmm.livedoor.blog/archives/15038623.html
【註6】
空飛ぶスパゲッティ・モンスター教については下記のエントリを参照。
『空飛ぶスパゲッティ・モンスター、クトゥルー神話の怪物としか思えない』
http://wsogmm.livedoor.blog/archives/15709640.html
【付記】
私自身は処女性に特にこだわりはない。
処女性はもともとは繁殖能力の指標に過ぎないので、セックスが繁殖ではなくコミュニケーションの手段となり、避妊法も発達した現代においてそこにこだわることにあまり意味はない。
だがそれを言い出せばセックスや恋愛だって突き詰めれば遺伝的なプログラムに過ぎない訳で、その線からの説得はあまり有効ではないだろう。
我々は生物的本性から自由ではないのだ。
世の中には逆に「処女は面倒くさい」とか言い出す人もいるが、こういう態度は処女の方に失礼だし、「俺はその気になれば処女も落とせるんだぜ?」みたいな自慢臭がして好きではない。
処女は「崇拝せず・嘲笑せず・忌避せず」の皮膜三原則で。
ただし、私も書籍などを買う時は商品の処女性にこだわる。
書店員・田北鑑生のエッセイによれば、書店の客はしばしばこれにこだわり、スカトロ雑誌『お尻倶楽部』を買う客でさえ表紙のちょっとした汚れにものすごくうるさかったりするらしい。
「写ってるのはウンコなのに」
とは氏の弁。
なお、今回のタイトルは映画『ヴァージン・スーサイズ』とその原作『ヘビトンボの季節に自殺した五人姉妹』のもじり。
イスラム絡みではこういうネタもあったが、ガセっぽい気もするので扱わなかった。
『なんでも評点』
死刑前夜の若い女囚たちから処女を奪う権限を与えられた18歳の看守 ― イランでは処女の死刑が禁止なので、このような方法が採られている?
http://rate.livedoor.biz/archives/50870951.html
しかしフレイザーは「感染呪術には類感呪術を含んだものも存在する」とも述べている。
例えば藁人形による呪いは「人の形をした藁人形に釘を刺すと対象者が苦しむ」という部分は類感呪術だが、「藁人形に相手の髪の毛を入れる」という部分は感染呪術と言える。
類似の「紙製のヒトガタに息を吹きかけてから神社に奉納するとヒトガタが身代わりになって病気や悪運を持って行ってくれる」という呪術も同様だ。
下着フェチにもまた両者が同居している。
つまり性器と接触していたパンツは性器の属性に「感染」しており、性器のシンボルとして扱える。
そしてそのシンボルという「類似」のものに対して行ったことは実物に対して行ったことと同じなので、下着をクンカクンカすることは性器をクンカクンカすることと同列、あるいはそれ以上に扱えるのだ。
本体をサポートする側が本体以上の評価を得るという、下着フェチ。
あるいは処女性のシンボルに過ぎない処女膜が処女(希望的観測)本人の代名詞化するという、「推し膜」における下剋上。
価値の逆転という意味でこれは紫衣事件に匹敵する歴史的転換点と言えるだろう。
呪術の本質はシンボル操作であり、シンボル操作をともなう性倒錯は呪物崇拝(フェティシズム)の名に相応しい。
話が逸れたので元に戻す。
処女厨は声優・アニメファンに多いとされている、と書いたが、実際には多くの普通の男性は処女性に拘る。
例えばこの辺を見ると、処女性に拘りすぎて自らを苦しめてしまっている男性がうじゃうじゃいる。
『ひでぶっ!!BOOKMARK』
「非処女」と、幸せな結婚を目指すスレ
http://hidebookmark.com/blog/funny/1350705048.php
(現在はリンク切れ)
しかも一人が非処女で妥協しようとすると、他の者が説得にかかったりする。
バケツに何匹ものカニを入れておくと必死で逃げようと這い上るが、お互いに脚を引っ張りあってどのカニも脱出できないという。
こういうのって誰も幸せにならないカニバケツだなぁ…。
これに比べると処女キャラが好きなだけのアニメファンの方がはるかにましに思える。
声優ファンはともかく、アニメファンはそのことで自分の好きな人を傷つけずには済む。
ネットの世界ではちょっとしたことが炎上につながる。
ここ10年ほどはアルバイターが職場で悪戯した画像をネット上にアップする、所謂「バイトテロ」が問題になった。
ああいうのはやらかした本人も不用意ではあるが、同時に叩く側の問題でもある。
他人の不幸を加速したいだけの物見遊山な人も多いが、真剣に怒っている人もそれなりの数がいるだろう。
叩かれる側は一応は悪いことをしているので、反論や擁護をしにくい立場にある。
狭量な正義感に捉われた人々は大義名分を手に入れ、安全な場所から存分に攻撃衝動を解放できるという訳だ。
そしてネット上の風潮はしばしば現実と乖離する。
特に不倫をめぐる問題がそうだ。
ネット上では不倫は大罪とされ、特に女性であれば「誰にでも股を開くビッチ」として異常な攻撃を受ける。
しかし現実社会においては不倫というのは「好ましくはないにせよしばしば陥るもので、好きな気持ちは止められないから仕方がない」程度の認識の人が多いのではないだろうか。【註3】
女性の不倫が現実から乖離するまでに異常な叩かれ方をするのは、女性が貞淑であることを多くの男性が望んでいるからだ。
女性は子供が自分の子であることを確信できるが、男性はそうではない。
したがって男性は自分の子でない子供の養育をさせれるリスクを背負っており、女性の「体の浮気」を嫌悪する傾向にある。
一方、女性は男性が浮気して外で子供を作っても自分の子供が減る訳ではない。
しかし男性が他の女性や子供の養育にリソースを振り分けると自分が不利になるため、女性は男性の浮気がいつのまにか本気になる「心の浮気」を嫌悪する傾向がある。
男性が若くて健康的で貞淑で処女の女性を好むのは、これから産むことのできるその男性の子供の数が最も多いからだ。
この傾向は世界中で普遍的に見られる。【註4】
イスラム圏では聖戦(ジハード)に参加した男性は死後、天国に行くとされている。
天国には72人の処女が彼を待ち受け、さらに決して悪酔いすることのない酒や果物、肉などを好きなだけ楽しむことができると言うのだ。
イスラム圏は一夫多妻制だが、男女の比率は世界中どこでもおよそ1:1。
ステイタスの高い男性は複数の女性と結婚するため、一部の男性が多くの女性を独占することになり、あぶれる男性が大量に出てくる。
イスラム圏では婚前交渉は禁止なので、独身男性はセックスを知ることもなく子孫も残せない。
そうなると彼らの命はおそろしく安くなる。【註5】
どうせ現世で女性が手に入らないのなら、天国の処女を当てにするしかない。
そこで彼らは航空機を乗っ取り世界貿易センタービルに突っ込むことになる。
実際、911のテロや自爆テロの実行犯はその様に説得されたらしい。
妄想上の処女のためにそこまでする人々もいる、ということを考えれば、声優やアイドルマニアの処女信仰など可愛いものだ、とも言える。
ここでイスラムの教えについて少し調べてみよう。
Wikipediaの『ジハード』の項にはかつてこう記されていた。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
イスラームにおける「天国」はアラビア語で(جنّة jannah) と呼ばれ、『クルアーン』ではその様子が具体的に綴られているが、それによれば、緑なす木々に覆われ、果実は枝もたわわに実り、清らかな川が数多く流れて、快適な風がつねに吹きわたっている清浄なところであり、天国行きを許されたものに対しては、現世の酒とは異なり、いくら飲んでも酔わない美酒や最上の食べものがあたえられるという。『クルアーン』にはさらに、男性は天国で72人の処女(フーリー)と交わることができ、彼女たちは何回性交におよんでも処女のままである、と記している。
この「処女」の表現は、比喩的なものにすぎないという意見も多く、あるいはまた、実際は「処女」ではなく「白い果実」という意味であるという説もあるが、過激派組織が自爆テロの人員を募集する際に、年少の者などに対し、このような天国の描写を意図的に用いている場合が少なくないとされ、問題となっている。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
で、このフーリーというのは何かというと…
これまたWikipedia『フーリー』の項の以前のバージョンにはこうある。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
フーリーは天国に来たイスラム信者の男性のセックスの相手をするとされ、一人につき72人のフーリーが相手をするともいわれる。彼女たちは永遠の処女であり、セックスを行い処女膜が破れても、すぐさま再生するとされる。
イブン・カスィールによれば、ムハンマド・イブン=アブドゥッラーフは『天国では男性は一日100人の処女とセックスが出来る』と述べていた。また、『われわれは天国で処女とセックスが出来るのでしょうか?』と問いかけた信者に対して、『もちろん出来る。そしてセックスが終わった後には、彼女は清らかな乙女に戻るのだ。』と述べたともしている。
別の伝承によれば、 ムハンマドは『天国では信徒たちは女性に対してそれだけの強さを与えられるであろう』と述べたところ、アナスが『ああ、アッラーの使徒よ! そのようなことが出来るのでしょうか!?』と問いかけた、ムハンマドは『百人の男に匹敵する精力を得られるのだ』と答えたという。ムハンマドの教友の中には、ムハンマドが『天国の男たちは処女の花を散らすのに忙しくなる。』といったと伝えている者も居る。
イブン・カスィールはフーリーに関して、『彼女たちは陽気で、夫の前に誰ともセックスを行わなかった乙女たちである。』と述べ 、また『天国においては, 彼女たちが老いたならば, 明るく、若く、美しく、親切でかわいらしく、夫に対して情熱的な処女へと絶えず戻るのである。』とも述べている。
イマーム・スユーティーは『フーリーとセックスをするたびに、あなたは彼女が処女である事を知るであろう。加えて、勃起したペニスはなえる事がなく、永遠に勃ちつづける。あなたがセックスを行うときの感覚はすばらしく気持ちよく、この世のものとは思えない。この世でこれを経験してしまったならば、気絶するほどである。それぞれの(ムスリム男性)はこの世の妻に加えて、70人のフーリーを娶れる。そして彼女たちはみなあなたの欲望をそそるような名器の持ち主である。』と述べている。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
うわぁ…読んでるこっちが恥ずかしい。
永遠に若いままで、再生する処女膜まで持ち、名器ぞろいで処女なのにエロい72人。
しかも男性も永遠に勃起できるて。
ナニそのご都合主義…。
そしてどうなってるねん天国の性比…。
フーリー、「処女にリセットする」というチート技が使えるので、同じフーリーが多数の男性を相手にしながら毎回「夫の前に他の男とセックスしなかった」状態にリセットしてる疑惑。
なお、コルドバのエウロギウスは9世紀に「こんな天国、ただの売春宿やんけ」と批判したらしい。
清々しいほど欲望に忠実なイスラムの天国だが、これに匹敵する教義を持つ宗教を発見した。
他でもない、われらが『空飛ぶスパゲッティ・モンスター教』である。【註6】
スパモン教の天国にはビール火山とストリッパー工場があるという。
なお、女性やゲイの信者のために男性ストリッパーも用意されており、しかもそれはストレートの男性信者には見えない仕様。
ついでに言えば、スパモン教の地獄は天国と変わりがないとされている。
ただしビールは気が抜けており、ストリッパーは全員が性病持ちであるらしい。
なんとも欲望に忠実な教義である。
無限の酒に多数の女性…イスラムと変わらんがな。
ちなみにトンデモ理論を批判する懐疑主義界隈の用語で「ポーの法則」というのがあってですね…
【忘却からの帰還】
『メモ「ポーの法則」』
処女性について、喪男の私はこう考えている。
「大抵の男性はダメなのであり、イケメンたちがそのダメっぷりを女性に教えてくれたからこそ、彼女たちは『イケメンもブサメンも結局はダメ』という悟りを得て、それゆえに私の様な非モテにもチャンスが巡ってくる。
むしろ、いばらをかき分け、道を切り拓いてくれたイケメンにありがとうやで!」
【註1:処女の証】
破瓜時に必ず出血があるわけでもなければ、出血があれば破瓜という訳でもない。
出血は破瓜の必要条件でもなければ十分条件ですらない。
ついでに言えば、付き合ってるからといって必ずセックスする訳でもなければ、セックスしていれば付き合っているという訳でもない。
したがってセックスは付き合うことの必要条件でもなければ十分条件ですらない。
【註2:処女膜】
その機能はいまだに不明である。
イスラームにおける「天国」はアラビア語で(جنّة jannah) と呼ばれ、『クルアーン』ではその様子が具体的に綴られているが、それによれば、緑なす木々に覆われ、果実は枝もたわわに実り、清らかな川が数多く流れて、快適な風がつねに吹きわたっている清浄なところであり、天国行きを許されたものに対しては、現世の酒とは異なり、いくら飲んでも酔わない美酒や最上の食べものがあたえられるという。『クルアーン』にはさらに、男性は天国で72人の処女(フーリー)と交わることができ、彼女たちは何回性交におよんでも処女のままである、と記している。
この「処女」の表現は、比喩的なものにすぎないという意見も多く、あるいはまた、実際は「処女」ではなく「白い果実」という意味であるという説もあるが、過激派組織が自爆テロの人員を募集する際に、年少の者などに対し、このような天国の描写を意図的に用いている場合が少なくないとされ、問題となっている。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
で、このフーリーというのは何かというと…
これまたWikipedia『フーリー』の項の以前のバージョンにはこうある。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
フーリーは天国に来たイスラム信者の男性のセックスの相手をするとされ、一人につき72人のフーリーが相手をするともいわれる。彼女たちは永遠の処女であり、セックスを行い処女膜が破れても、すぐさま再生するとされる。
イブン・カスィールによれば、ムハンマド・イブン=アブドゥッラーフは『天国では男性は一日100人の処女とセックスが出来る』と述べていた。また、『われわれは天国で処女とセックスが出来るのでしょうか?』と問いかけた信者に対して、『もちろん出来る。そしてセックスが終わった後には、彼女は清らかな乙女に戻るのだ。』と述べたともしている。
別の伝承によれば、 ムハンマドは『天国では信徒たちは女性に対してそれだけの強さを与えられるであろう』と述べたところ、アナスが『ああ、アッラーの使徒よ! そのようなことが出来るのでしょうか!?』と問いかけた、ムハンマドは『百人の男に匹敵する精力を得られるのだ』と答えたという。ムハンマドの教友の中には、ムハンマドが『天国の男たちは処女の花を散らすのに忙しくなる。』といったと伝えている者も居る。
イブン・カスィールはフーリーに関して、『彼女たちは陽気で、夫の前に誰ともセックスを行わなかった乙女たちである。』と述べ 、また『天国においては, 彼女たちが老いたならば, 明るく、若く、美しく、親切でかわいらしく、夫に対して情熱的な処女へと絶えず戻るのである。』とも述べている。
イマーム・スユーティーは『フーリーとセックスをするたびに、あなたは彼女が処女である事を知るであろう。加えて、勃起したペニスはなえる事がなく、永遠に勃ちつづける。あなたがセックスを行うときの感覚はすばらしく気持ちよく、この世のものとは思えない。この世でこれを経験してしまったならば、気絶するほどである。それぞれの(ムスリム男性)はこの世の妻に加えて、70人のフーリーを娶れる。そして彼女たちはみなあなたの欲望をそそるような名器の持ち主である。』と述べている。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
うわぁ…読んでるこっちが恥ずかしい。
永遠に若いままで、再生する処女膜まで持ち、名器ぞろいで処女なのにエロい72人。
しかも男性も永遠に勃起できるて。
ナニそのご都合主義…。
そしてどうなってるねん天国の性比…。
フーリー、「処女にリセットする」というチート技が使えるので、同じフーリーが多数の男性を相手にしながら毎回「夫の前に他の男とセックスしなかった」状態にリセットしてる疑惑。
なお、コルドバのエウロギウスは9世紀に「こんな天国、ただの売春宿やんけ」と批判したらしい。
清々しいほど欲望に忠実なイスラムの天国だが、これに匹敵する教義を持つ宗教を発見した。
他でもない、われらが『空飛ぶスパゲッティ・モンスター教』である。【註6】
スパモン教の天国にはビール火山とストリッパー工場があるという。
なお、女性やゲイの信者のために男性ストリッパーも用意されており、しかもそれはストレートの男性信者には見えない仕様。
ついでに言えば、スパモン教の地獄は天国と変わりがないとされている。
ただしビールは気が抜けており、ストリッパーは全員が性病持ちであるらしい。
なんとも欲望に忠実な教義である。
無限の酒に多数の女性…イスラムと変わらんがな。
ちなみにトンデモ理論を批判する懐疑主義界隈の用語で「ポーの法則」というのがあってですね…
【忘却からの帰還】
『メモ「ポーの法則」』
http://transact.seesaa.net/article/156103598.html
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ポーの法則は、原理主義(より一般的には、任意の常軌を逸した理論)のパロディと本物は、いずれも同様に正気とは思えないので、パロディと本物を区別できないと指摘する。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
つまり世界3大宗教のひとつに数えられるイスラム教は、パロディ宗教であるスパモン教と区別できないほど同様に正気とは思えない教義を持つトンデモ宗教なのだ。
というか、スパモン教の方がましですらある。
現代的な視点で見るとイスラムの男根思想っぷりには目を覆いたくなるが…
これは歴史上の出来事ではなく、現在起きていることなのだ。
しかも21世紀はイスラムの世紀、とまで言われる躍進っぷり。
大丈夫か人類。
ポーの法則は、原理主義(より一般的には、任意の常軌を逸した理論)のパロディと本物は、いずれも同様に正気とは思えないので、パロディと本物を区別できないと指摘する。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
つまり世界3大宗教のひとつに数えられるイスラム教は、パロディ宗教であるスパモン教と区別できないほど同様に正気とは思えない教義を持つトンデモ宗教なのだ。
というか、スパモン教の方がましですらある。
現代的な視点で見るとイスラムの男根思想っぷりには目を覆いたくなるが…
これは歴史上の出来事ではなく、現在起きていることなのだ。
しかも21世紀はイスラムの世紀、とまで言われる躍進っぷり。
大丈夫か人類。
処女性について、喪男の私はこう考えている。
「大抵の男性はダメなのであり、イケメンたちがそのダメっぷりを女性に教えてくれたからこそ、彼女たちは『イケメンもブサメンも結局はダメ』という悟りを得て、それゆえに私の様な非モテにもチャンスが巡ってくる。
むしろ、いばらをかき分け、道を切り拓いてくれたイケメンにありがとうやで!」
【註1:処女の証】
破瓜時に必ず出血があるわけでもなければ、出血があれば破瓜という訳でもない。
出血は破瓜の必要条件でもなければ十分条件ですらない。
ついでに言えば、付き合ってるからといって必ずセックスする訳でもなければ、セックスしていれば付き合っているという訳でもない。
したがってセックスは付き合うことの必要条件でもなければ十分条件ですらない。
【註2:処女膜】
その機能はいまだに不明である。
「性交を困難にし、それでもやり遂げられるかをテストするため」という説もあるが、これは「女性が意識的にそう目論んでいる」という意味ではなく、単に「処女膜のある女性は結果的にそういう男性の子を産み、『処女膜の遺伝子』と、『処女膜を破れる強い男性の遺伝子』を広げることになった」という意味。
モグラにも処女膜があるが、それは土の侵入を防ぐためらしい。
【註3:不倫】
ちなみにこれは「責任を負えるのは自分に選択権があるものについてのみ」であり、「恋愛感情はコントロール不能なので選択の埒外である」という暗黙の仮定に基づく。
これに対して不倫を許さない人は「人間は自らの行動に対してほとんど常に自由な選択権を行使しており、したがって大抵のことは自己責任である」と考えている。
これは結局のところ「人間に自由意思はあるのか」という数千年来にわたって決着をみなかった哲学的な問いかけであり、どちらも一応擁護可能ではある。
だが科学的知見から言えば、昔ながらの「人間には完全な自由意志が与えられている」という無邪気で素朴な考え方を続けるのは無理がある。
可能なのはせいぜいこの程度のものだろう。
「人に自由意思はないかもしれない。
仮にあったとしても常にあるわけではなく、その度合いも時どきによって高まったり低まったりするだろう。
だがそれでは誰も自らの行為に責任を追えず、犯罪にも責任を負わせられなくなり、社会を維持することができなくなる。
だから擬制として『人には多くの場合、自由意思が存在する』と仮定することにしよう」
【註4】
高名な文化人類学者マーガレット・ミードは1920年代、ポリネシア・サモア諸島でフィールドワークを行い、著書『サモアの思春期』においてサモアの原住民は性的に奔放で思春期のストレスもなく、処女性に拘ることもない、と記述した。
この研究は「氏か育ちか」、つまり人間を作るのは遺伝的要因なのか環境的要因なのか、という論争で環境説を支持するものとして喝采をもって迎えられた。
性の罪悪視やそれに伴う処女信仰はキリスト教世界が生んだ文化的なものであり、本来人間はタブラ・ラサ(白紙状態。ラテン語で「空白の石版」の意。英語ではブランク・スレート)で、後から何でも書き込めるのだ、という訳だ。
そのため、ミードの著作は現在でもジェンダー論者の著作に引用され続けている(男女の違いはあくまで環境要因のみ、ということになるためだ)。
だがデレク・フリーマンがミードの研究を詳細に調査したところ、その多くはでたらめであったことが判明した。
ミードがサモアに滞在したのは数か月に過ぎず、言語も判らず、地元の少女たちのホラ話を真に受けてしまっていた。
結局、サモアの人々も処女性には強いこだわりを見せることが判明。
世界中で行われた調査結果から、処女へのこだわりは人類に普遍的な形質、ヒューマン・ユニヴァーサルであるらしい。
【註5】
あぶれた男性が命を安売りする傾向については下記のエントリを参照。
『ヒトのやること大体同じ:ジョーカー事件はアモクだよ説』
http://wsogmm.livedoor.blog/archives/15038623.html
【註6】
空飛ぶスパゲッティ・モンスター教については下記のエントリを参照。
『空飛ぶスパゲッティ・モンスター、クトゥルー神話の怪物としか思えない』
http://wsogmm.livedoor.blog/archives/15709640.html
【付記】
私自身は処女性に特にこだわりはない。
処女性はもともとは繁殖能力の指標に過ぎないので、セックスが繁殖ではなくコミュニケーションの手段となり、避妊法も発達した現代においてそこにこだわることにあまり意味はない。
だがそれを言い出せばセックスや恋愛だって突き詰めれば遺伝的なプログラムに過ぎない訳で、その線からの説得はあまり有効ではないだろう。
我々は生物的本性から自由ではないのだ。
世の中には逆に「処女は面倒くさい」とか言い出す人もいるが、こういう態度は処女の方に失礼だし、「俺はその気になれば処女も落とせるんだぜ?」みたいな自慢臭がして好きではない。
処女は「崇拝せず・嘲笑せず・忌避せず」の皮膜三原則で。
ただし、私も書籍などを買う時は商品の処女性にこだわる。
書店員・田北鑑生のエッセイによれば、書店の客はしばしばこれにこだわり、スカトロ雑誌『お尻倶楽部』を買う客でさえ表紙のちょっとした汚れにものすごくうるさかったりするらしい。
「写ってるのはウンコなのに」
とは氏の弁。
なお、今回のタイトルは映画『ヴァージン・スーサイズ』とその原作『ヘビトンボの季節に自殺した五人姉妹』のもじり。
イスラム絡みではこういうネタもあったが、ガセっぽい気もするので扱わなかった。
『なんでも評点』
死刑前夜の若い女囚たちから処女を奪う権限を与えられた18歳の看守 ― イランでは処女の死刑が禁止なので、このような方法が採られている?
http://rate.livedoor.biz/archives/50870951.html
(01:13)
2022年10月21日
まず最初に言っておきますが、「ポリコレ棒」の問題は確かに存在します。
人権思想の浸透と拡散により、何かちょっと勘違いした連中が増えてきたのは事実でしょう。
かと言って、ネトウヨさんによく見られる「左翼がポリコレ棒で俺たちを滅多打ちにしてやがる」「ポリコレ、イラネ」という態度はいかがなものかと。
そもそもは差別やヘイトスピーチが問題で、ポリコレ自体はそれらへの対応策として発達したもの。
政治的には概ね、差別やヘイトスピーチに受容的なのが右派、ポリコレに賛成なのが左派ですよね?
自分たちのお仲間が差別棒・ヘイト棒を振り回して相手を滅多打ちにしてたのに、「ポリコレ棒で叩かれた!」と急に言い出す被害者しぐさ。
ヘイトスピーチしてた癖に「ネトウヨ呼ばわりはヘイトスピーチ」と言い出す人々と変わりません。
この辺の問題は以下のエントリを参照。
『ネトウヨさん「ネトウヨ呼ばわりはヘイトスピーチ」「ネトウヨの定義を言ってみろ」←は?』
http://wsogmm.livedoor.blog/archives/10239553.html
でもそれだけだと差別棒とポリコレ棒の殴り合いは、子供の「あっちが先に手を出したんだ!」「ちがわい!」という水掛け論と同レベルの泥仕合にも見えてしまいます。
…が、両者にはハッキリとした違いが。
そもそもヘイトスピーチは何があっても絶対に許されないこと。
対して反差別はそれ自体は正しく、ネトウヨさんですら「ポリコレは根っこから間違ってる!」といった正面からの批判はあまりできず、「行き過ぎだ!」といった部分的批判をするしかなくなっています。
左翼は「社会や環境による影響」を重視し、右翼は「個人の責任」を重視しがち。
これはどちらも行き過ぎると「何でもかんでも社会のせい」とか「何でもかんでも自己責任」に出来てしまいます。
…が、それはどっちもおかしいですよね。
ここは中庸の道を往きたいところ。
ちなみに中庸は「いつでも常にア・プリオリに正しい」訳ではありません。
ドーキンスの『敵対的論争の法則』によれば、
『二つの相いれない信念が等しい強さで主張されるとき、真実はその中間にあるとは限らない。片方がまったくの誤りである可能性がある。』
…その通りですね。
しかしこの場合は「左右どちらにせよ、行き過ぎは良くない」という話。
「行き過ぎ」が「良くない」のは定義により正しいですよね。
だって「行き過ぎ」というのはそもそも「良くない」状態のことであり、「行き過ぎは良くない」は「良くないのは良くない」と言ってるのと同じ。
これは循環論法・同義反復(トートロジー)なので、「何も言っていないのと同じ」レベルで当たり前。
しかし同時にだからこそ間違い様もない恒真命題でもあります。
「力こそパワー!」とかと同じ。
「あまり意味はないけど確かに正しい」のです。
そして左右ともに行き過ぎがあるのも確かです(その頻度やトンデモ度には違いがありますが…)。
そんなこんなで今回は中庸が正しそうですね。
振り子を思いっきり振ると、振り子は右へ左へと振幅を続け、それでも段々とふり幅が狭くなって、最終的には中間地点で静止します。
ウヨサヨもそれと同じ。
社会の政治的・思想的潮流が片側に行き過ぎると、それに対する批判や反省が起き、逆側に揺り戻しが起きますが、今度は逆側に行き過ぎが起きます。
しかしそれらの批判を通じて相互の行き過ぎは是正され、振れ幅は狭まって中庸に近づいていきます。
なので「右傾化しすぎだ」「今度は左傾化しすぎだ」という「行き過ぎの指摘」は別に構わないのですが…
ネトウヨさんは極端で、「そもそも左翼的言説は全て害悪!」とばかりに振り子を本来の位置より思いっきり右へ…戦前・戦中の位置まで押し戻し、何ならさらに高く持ち上げようとさえしてますよね。
そしてここまでの議論はガン無視。
しかもポリコレの基本的な正しさは認めざるを得ないので「行き過ぎ」が問題だ、という形でしか批判できなかった筈なのに、いつの間にか特に根拠も示さずポリコレ全否定。
でもそれだけだと差別棒とポリコレ棒の殴り合いは、子供の「あっちが先に手を出したんだ!」「ちがわい!」という水掛け論と同レベルの泥仕合にも見えてしまいます。
…が、両者にはハッキリとした違いが。
そもそもヘイトスピーチは何があっても絶対に許されないこと。
対して反差別はそれ自体は正しく、ネトウヨさんですら「ポリコレは根っこから間違ってる!」といった正面からの批判はあまりできず、「行き過ぎだ!」といった部分的批判をするしかなくなっています。
左翼は「社会や環境による影響」を重視し、右翼は「個人の責任」を重視しがち。
これはどちらも行き過ぎると「何でもかんでも社会のせい」とか「何でもかんでも自己責任」に出来てしまいます。
…が、それはどっちもおかしいですよね。
ここは中庸の道を往きたいところ。
ちなみに中庸は「いつでも常にア・プリオリに正しい」訳ではありません。
ドーキンスの『敵対的論争の法則』によれば、
『二つの相いれない信念が等しい強さで主張されるとき、真実はその中間にあるとは限らない。片方がまったくの誤りである可能性がある。』
…その通りですね。
しかしこの場合は「左右どちらにせよ、行き過ぎは良くない」という話。
「行き過ぎ」が「良くない」のは定義により正しいですよね。
だって「行き過ぎ」というのはそもそも「良くない」状態のことであり、「行き過ぎは良くない」は「良くないのは良くない」と言ってるのと同じ。
これは循環論法・同義反復(トートロジー)なので、「何も言っていないのと同じ」レベルで当たり前。
しかし同時にだからこそ間違い様もない恒真命題でもあります。
「力こそパワー!」とかと同じ。
「あまり意味はないけど確かに正しい」のです。
そして左右ともに行き過ぎがあるのも確かです(その頻度やトンデモ度には違いがありますが…)。
そんなこんなで今回は中庸が正しそうですね。
振り子を思いっきり振ると、振り子は右へ左へと振幅を続け、それでも段々とふり幅が狭くなって、最終的には中間地点で静止します。
ウヨサヨもそれと同じ。
社会の政治的・思想的潮流が片側に行き過ぎると、それに対する批判や反省が起き、逆側に揺り戻しが起きますが、今度は逆側に行き過ぎが起きます。
しかしそれらの批判を通じて相互の行き過ぎは是正され、振れ幅は狭まって中庸に近づいていきます。
なので「右傾化しすぎだ」「今度は左傾化しすぎだ」という「行き過ぎの指摘」は別に構わないのですが…
ネトウヨさんは極端で、「そもそも左翼的言説は全て害悪!」とばかりに振り子を本来の位置より思いっきり右へ…戦前・戦中の位置まで押し戻し、何ならさらに高く持ち上げようとさえしてますよね。
そしてここまでの議論はガン無視。
しかもポリコレの基本的な正しさは認めざるを得ないので「行き過ぎ」が問題だ、という形でしか批判できなかった筈なのに、いつの間にか特に根拠も示さずポリコレ全否定。
「誰もが平等の権利を持つ」という人権思想は長い時間をかけて人々を説得してきました。
「頭の悪い黒人なんかに俺らと同じ権利がある筈ないやろ、そんなん常識やん」というのを少しずつ変革し。
「家の仕事しかできない女なんかに俺らと同じ権利がある筈ないやろ、そんなん常識やん」というのを少しずつ変革し。
「キモい同性愛者なんかに俺らと同じ権利がある筈ないやろ、そんなん常識やん」というのを少しずつ変革しつつあります(どれもまだ充分ではないし、逆に行き過ぎもありましたが…)
しかしここへ来て今頃
「異民族、女、LGBT…こいつらに権利は不要」
「むしろすでに優遇されすぎ」
とか言ってるのがネトウヨさんな訳ですね。
なんか今どき
「進化論は間違ってる」
「正しいのは聖書」
とか言ってる人を見ちゃった気分…(今でも少数ながらいる点も似てますね)。
それ160年くらい前の議論に戻ってるから。
かつて聖書が正しいと信じられていたのをひっくり返したのは、進化論があまりにも説得力に満ちていたからです。
マイノリティ―の権利も、多少の後退はあれ、全般的には拡大の一途を辿ってきたのは、その論理に説得力があったからでしょう。
しかしトンデモさんは「とっくに決着済みの話を何度でも蒸し返す」のが特徴のひとつ。
政治的トンデモさんであるネトウヨさんも例外ではありません。
社会が何十年もかけて合意にこぎつけた議論の場にいきなり現れて、「それっておかしくね?」と素人が真っ先に考えそうな意見を大声でまくしたてるのは勘弁な!
新たな視座からの意見なら歓迎するけど、こんな手垢のついたテム・レイエンジンみたいなモン、ドヤ顔で持ち込まれましても。
議論に加わり、まともに相手してほしいなら、最低限の歴史の流れは把握しておいていただきたいものです。
近代以前からタイムスリップしてきた人の意見みたいなモン、いちいち相手してられるほど皆さんお暇ではありません。
先ほど振り子のアナロジーに訴えてましたが、ソレはあくまで「相互の行き過ぎをどう修正していくか」についての話。
社会全体の流れとしては世界はリベラルに傾き続けています。
保守はそれへの「抵抗勢力」に過ぎず、リベラルからはしばしば「バックラッシュ」と揶揄される始末。
バックラッシュとは、Wikipediaの「曖昧さ回避」によれば
バックラッシュ (社会学) - 人種やジェンダーなどの社会的弱者に対する平等の推進や地位向上などに対して反発する動き。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
…だそうです。
(複雑な概念については専門の項より「曖昧さ回避」が簡潔、というWikipediaあるある)
語源はネット上には情報がありませんが、「逆流して噴きこぼれる酒の泡」みたいな意味だったかと。
少し前、ダグラス・マレーの邦訳『大衆の狂気 ジェンダー・人種・アイデンティティ』という本が出ました。

(複雑な概念については専門の項より「曖昧さ回避」が簡潔、というWikipediaあるある)
語源はネット上には情報がありませんが、「逆流して噴きこぼれる酒の泡」みたいな意味だったかと。
少し前、ダグラス・マレーの邦訳『大衆の狂気 ジェンダー・人種・アイデンティティ』という本が出ました。

黒人や女性やLGBTの権利擁護はしばしばダブスタに陥っている、という論調の本で、よくあるバックラッシュ本かと思ったのですが…
ドーキンスが推薦しててびっくり。
まぁドーキンスはリベラルなのにポリコレ棒で叩かれてきた人なので…。
その辺、詳しくは以下を参照。
【ドーキンスの炎上騒ぎ ~時に左翼も行き過ぎる件~】
http://wsogmm.livedoor.blog/archives/12835525.html
…が、この本、注意深く読むと結局のところ、リベラルの流れにあることが解ります。
著者はフェミニズム系の会議に呼ばれたりするゲイの人で、行き過ぎは批判してるけど、反差別そのものはちゃんと認めています。
いわばリベラルの自浄作用。
振り子の話で言うと、左に振れ過ぎたものを押し返して右に振れ過ぎさせるのではなく、最終目標地点である真ん中まで持ってきて止めようとする感じ。
そもそも行き過ぎは左右どちらにせよ好ましくないので、本来は誰もが真っすぐ中間地点を目指すべきですなんですよね。
まぁ運動の慣性とか、組織それ自体が「存続と最大化」をめざしちゃう利己性を持ちがち、とか、いろいろ事情は分からなくもないんだけどさ。
…が、一方でコレは危険な書でもあります。
反差別の行き過ぎ部分だけを抜き出せば、それは簡単に差別側の武器に転用できるからです。
まぁ右派は「引用文は原文が埋め込まれた文脈にちゃんと気をつける」という最低限のリテラシーに欠ける人を豊富に輩出しちゃってますからね~…。
ドーキンスが推薦しててびっくり。
まぁドーキンスはリベラルなのにポリコレ棒で叩かれてきた人なので…。
その辺、詳しくは以下を参照。
【ドーキンスの炎上騒ぎ ~時に左翼も行き過ぎる件~】
http://wsogmm.livedoor.blog/archives/12835525.html
…が、この本、注意深く読むと結局のところ、リベラルの流れにあることが解ります。
著者はフェミニズム系の会議に呼ばれたりするゲイの人で、行き過ぎは批判してるけど、反差別そのものはちゃんと認めています。
いわばリベラルの自浄作用。
振り子の話で言うと、左に振れ過ぎたものを押し返して右に振れ過ぎさせるのではなく、最終目標地点である真ん中まで持ってきて止めようとする感じ。
そもそも行き過ぎは左右どちらにせよ好ましくないので、本来は誰もが真っすぐ中間地点を目指すべきですなんですよね。
まぁ運動の慣性とか、組織それ自体が「存続と最大化」をめざしちゃう利己性を持ちがち、とか、いろいろ事情は分からなくもないんだけどさ。
…が、一方でコレは危険な書でもあります。
反差別の行き過ぎ部分だけを抜き出せば、それは簡単に差別側の武器に転用できるからです。
まぁ右派は「引用文は原文が埋め込まれた文脈にちゃんと気をつける」という最低限のリテラシーに欠ける人を豊富に輩出しちゃってますからね~…。
(00:11)