2022年09月05日


物理学者(阿部寛)とマジシャン(仲間由紀恵)の凸凹コンビがオカルト絡みの事件を解決していくドラマ『トリック』シリーズは日本では珍しい懐疑主義精神に満ちた番組だった。【註1】
堤幸彦のケレン味あふれる演出と相まって、14年に渡って作り続けられた人気作である。
やや強引なきらいのある話もあるが、多少の無茶はご愛嬌だ。
新興宗教と闘うくだりもあるし、今こそ再評価されるべきタイミングと言えよう。


『トリック』はしばしば奇術に関する歴史的なエピソードを手短に紹介するアバンタイトル(OP曲が始まる前のパート)から始まる。
ストーリーがその冒頭ミニエピソードと重なっていく、という趣向だ。
第1話では稀代の奇術師、ハリー・フーディーニの話が紹介される。
箱の中を自由に透視できるという男のトリックを科学者たちは誰も解けなかったが、フーディーニだけがたちまち看破する、というエピソードだ。
それはあまりにも単純過ぎるトリック故に、他の誰にも見破ることができなかった。【註2】
男は箱に頭を押し付けるフリをして、蓋の隙間から中を覗いていたのだ。



こうしてフーディーニのエピソード紹介から始まる『トリック』だが、実はフーディーニの存在は通奏低音を成し、『トリック』全体を貫いている。

フーディーニは世界初のオカルトハンターだった。

奇術師としての彼は脱出トリックの名手であり、最も成功したマジシャンの一人だ。
現在でも「フーディーニ」という言葉は「脱出する/切り抜ける」という意味で英語に残されている。
まぁ日本で言うと初代引田天功がその立ち位置に近いだろうか。


フーディーニは極度のマザコンで、母の死後、多くの霊媒師の元を訪れていた。
母の霊と対話するために。
当時は交霊会がブームだった。
その頃はまだ科学とオカルトがはっきりとは分かれていない不分明な時代で、交霊会には科学的な期待も寄せられていた。
かのアインシュタインも交霊会に参加したほどだ(そして注目に値せぬものとして見限っている)。

だが奇術師であるフーディーニには解ってしまったのだ。
すべてはまやかしだと。

闇の中に響く奇妙な音、死者の声、浮遊する物体…
どんな現象も、彼の眼には陳腐な手品であることが明らかだった。
霊媒師の体を借りた「母の霊魂」と称するものが、フーディーニに対し「ハリーや…」と呼びかけたことすらあったという。
ハリー・フーディーニという名前は芸名に過ぎなかったにも関わらず(彼の本名はエリック・ヴァイスだった)。


いくつもの失望を味わい、霊媒師たちを見限ったフーディーニは彼らのインチキを次々と暴くオカルトハンターとして活躍することになる。

だがある日、熱狂的ファンの男が、フーディーニが宣伝通りに不死身の男かどうかを確かめようとして思いっきり腹パン。
一週間後、彼は苦しみぬいた末に急性腹膜炎で他界する。
それは文字通りの「他界」だった。
死に際して彼は「あっちの世界から必ず連絡する」と妻に約したのだ。


フーディーニの死後、妻は交霊会を行い、エジソンが開発した「霊界ラジオ」という怪しげな機械に入れあげ、フーディーニからの通信を待ち続けたという。




第1話の後、長らく『トリック』にフーディーニが登場することはなかったが、劇場版3作目『劇場版トリック 霊能者バトルロイヤル』冒頭でフーディーニについてこう語られる。

『希代の奇術師フーディーニ。
その危険で大胆な脱出マジックは多くの人々を魅了した。
フーディーニはまたインチキ霊能力者のトリックを次々と暴き立てたことでも知られている。
だがそれは霊能力者達を罰するためではなかった。
本当の目的は…』



この映画のストーリーはこうだ。

インチキ霊能力者が集められ、次々に殺される。
事件の犯人は元科学者で、かつて超能力者を持つという若い女性に肩入れしたために学界を追われた男。
彼女は本物の霊能力を何より敵視するインチキ霊能力者たちの非難に晒され、自殺していた。【註3】



だが犯人は彼女を死に追いやったインチキ霊能力者たちに復讐するために彼らを集めたのではなかった
彼はただ…亡くなった愛しい人と、もう一度逢いたかっただけだったのだ。


彼に対して仲間由紀恵はこう言う。

『昔、フーディーニという奇術師が亡き母と交信したくて、あなたと同じことをしたそうです。
でもどれも偽物だった』




それでも、ヒトは同じ間違いを繰り返す。


そうなのだ。
私はオカルトが存在しないことを知っている。
なのに何故オカルトにこだわり続けるのだろうか?
何故「残念ながらオカルトは存在しません、以上」で話を終わらせず、途方もなくこだわってしまうのだろうか?

オカルティズムは間違ってはいる。
だがオカルトに込められた人々の素朴な願いは本物であり、そこには数々の物語があり、ヒトのあまりに哀しい性が見て取れるのだ。
それらが私をどうしようもなく惹きつけてやまない。


どうして我々は死別した愛しい人にもう一度会うことができないのだろうか?
明らかに世界はそうであるべきなのに。
だが人生は「かくあるべきなのにそうでない」ことの連続だ。
世界はあまりにも残酷で不条理だ。
霊を信じる事──魂の永遠を、愛しい人々との再会を信じること──それは純粋な願いから生まれた、不条理な世界に対して我々ができる殆ど唯一の抵抗なのだろう。

それは事実に基づかない間違った抵抗の仕方ではある。
だから私はオカルトには与しない。
だがそこには「ある/ない」の二元論からはこぼれ落ちてしまう、人々の物語がある。
哀しくも美しいモノガタリが。



実はフーディーニの生涯については、あまり詳しい資料がない。
先述の話は主に漫画『栄光なき天才たち』13巻に依っている。
ちなみにこの漫画は知られざる偉人たちにスポットを当てたものだが、ドクター中松を絶賛した回があったり、胡散臭い部分も多くあまり信用はできない。

日本語で読める最も信頼できそうな伝記本はケネス・シルバーマンのやたらに分厚い本『フーディーニ!!!』だが、こちらはパラパラめくった限りでは死後の通信に関する話はほとんど出てこない。
他の本も手品か霊媒師との対決についてちょろりと紹介している程度で、やはり霊界通信の話は出てこない。

『栄光なき天才たち』で紹介されたフーディーニ像に私は思い入れを持っているが、これは巷間に伝わるうちにやや歪められたものである可能性もある。
ただでさえ歴史上の人物の話は願望による尾ヒレがつきやすいものだ(例えば「ダーウィンはその死の間際に進化論を発表したことを悔い、神に許しを請うた」という完全なニセ伝説などがそうである様に)。

少なくともいくつかのバージョンの中から自分の思い入れに基づき、お気に入りのバージョンをピックアップした部分もあることは否めない。
つまり私もオカルトティスト達と同じく、願望を優先させるという轍を踏んでいるとも言える。

ただし、日本で最も優れた懐疑主義者の一人、本城達也氏のサイト『超常現象の謎解き』にこの霊界からの通信の件が実に詳しく述べられているので、まるっきりの嘘ではないことは確かだ。

【超常現象の謎解き】『霊界からのメッセージ「フーディニの暗号」』
https://www.nazotoki.com/houdini_code.html/amp
これは『フーディーニは霊界から通信を送ってきており、その受信に成功した霊媒がいた』という主張についての詳細な調査である。
ここではフーディーニの妻が最後には「霊界からの通信はなかった」という事実を受け入れた、という知られざる話が語られていて感動的。

ただフーディー二の人生全体のトーンは当然のことながら語る者によって違ってくるだろう。
私は『栄光なき天才たち』のトーンを愛してやまない。



…というわけで私はこのシリーズが大好きなのだが、劇場版最終作『トリック劇場版 ラストステージ』がフーディーニの存在に貫かれるべき『トリック』シリーズの蛇足になるのではないか、と危惧していた。
だから封切日前日に書店でノベライズ版を見かけて手に取り(普段はネタバレ防止のために避けるのだが)、冒頭にだけ目を通してみた。
そこにはこうあった。



『稀代の奇術師、フーディーニは数々の霊能力者たちのインチキを暴いたことでも知られている。
だが、彼の本当の目的は本物の霊能力者を見つけ出し、亡き母と会話を交わすことだった。しかし最後まで本物の霊能力者見つけ出すことができず、彼はその生涯を閉じる。
死の間際、フーディーニは妻にこう言い残した。
「もし本当に死後の世界があるなら、私は1年後、必ず方法を見つけ出しお前に連絡を取る。その声を聞き逃さないでほしい」と──。

1年後、ラジオ局に霊媒師たちが集められた。
人々は固唾を飲んでフーディーニの霊が降りてくるのを待った。
だが、夜の12時を過ぎても、フーディーニが連絡を取ってくることはなかった…。』




フーディーニの、今イチ定かでない霊界通信の話をラストに持ってくるとは…
わかってるー!
この人たちはよくわかってるー!
はからずも書店で落涙。

そして封切日、早速劇場へ。
…想像以上にフーディーニを踏襲したモノガタリだった。
映画としての出来がめちゃくちゃ良い、と主張するつもりはない。
だが私には最高だった。
観客が笑って観ていた中、ラストで私だけ号泣。
恥ずかしい…。

いや、違う。
いた。
泣き崩れている観客が、私の他にも1人だけいた。
おお。
おおお。
分かるのか?
君にはコレが…
心の友よ!



フーディーニの話に始まり、フーディーニの話に終わることで『トリック』はその存在を全うし、完結した。



まぁ正確に言えば封切翌日に『新作ドラマスペシャル3』が放送されたので、実質的な完結作はそっちとも言えるのだが…
まぁ新作ドラマも映画とほぼ同時製作だろうし、映画公開翌日に放送ということは映画のパブリシティとしての色彩が濃く、またこの時点で新作映画を観ている人はコアな一握りなので、この新作ドラマはノーカウントってことで。








【オマケ】

ガチの超常現象に遭遇し非業の死を遂げる仲間由紀恵
https://m.youtube.com/watch?v=EXr6Wx4GqAI


【註1:日本では珍しい懐疑主義精神に満ちた番組】

推理モノのドラマは常に人気がある。
ストーリーは基本的に論理と科学によって組み立てられ、オカルトの出番は無い。
多くの人々が実生活においてオカルトに毒されているのに、血生臭いドラマにのみこういった健康な懐疑精神が適用されるのは奇妙なことではある。
だがことが殺人ではなくオカルトとなると、突如としてそれを懐疑主義的に扱うドラマはなくなり、『トリック』くらいになる。
これもまた奇妙なことである。



【註2:あまりにも単純過ぎるトリック】

人間の心理的盲点を突いたインチキを見破るのにマジシャンの存在は不可欠であり、科学者にその才はない。
現在、フーディーニと同様の活動をしている人物としてはジェームズ・ランディが知られている。

【Wikipedia】
『ジェームズ・ランディ』
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/ジェームズ・ランディ


ランディの「プロジェクト・アルファ」が実に面白いのだが、日本語で読める資料は少ない。
ジャパン・スケプティクスの会報第1号に詳細の翻訳があるのと、『史上最強のオタク座談会』シリーズのどれだったか、あと雑誌『理科の探検 RikaTan』のニセ科学特集号(しょっちゅうやってた)のどれだったかに簡単な説明がある。

…今、調べたらいつのまにかWikipediaにプロジェクト・アルファの項ができてたー!

【Wikipedia】
『プロジェクト・アルファ』
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/プロジェクト・アルファ



【註3:科学者が超能力者を持つという若い女性に肩入れ】

このへんの話は『リング』に登場する貞子の母親のモデルとされる御船千鶴子と東京帝大の福来友吉助教授のエピソードをベースにしていると思われる。
なお、『リング』原作者の鈴木光司は御船千鶴子モデル説を否定しているらしいが、そんなことありえなさ気だし、パクリ疑惑になった訳でもないのに否定する意味が判らん。






(01:37)

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