2022年05月31日


昨年、
『同志社大学講義録 「悪」の進化論 ダーウィニズムはいかに悪用されてきたか』 
という本が出ました。

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著者は有名な佐藤優です。 
一応 説明しておくと、肩書は作家で、元外務省主席分析官。 
同志社大学大学院神学研究科を修了後、外務省に入省しています。 
この人は政治思想的には左右を問わず様々な文化人とバランス良く交流しており、特にヤバい匂いはしません。 
本書は母校である同志社大学(キリスト教系)での講義内容を書籍化したもの。 



目次を見てみると、↓こんな感じで全体が7講に分かれています。 


第1講 
トランプも悪用した「進化論」のロジック 

第2講 
今も残る「社会進化論」の害毒 

第3講 
ナチズムの父はダーウィンだった? 

第4講 
歴史もまだ「進化」するか―唯物史観 

第5講 
スターリンに影響を与えたダーウィニズム 

第6講 
宗教になった「マルキシズム」 

第7講 
「神殺し」をするドーキンス進化論 



…なんかこの世の悪は全て進化論と結びつきそうな勢い。 


では第1講『トランプも悪用した「進化論」のロジック』を読んでみましょう。 

あのトランプさんが進化論を悪用したとか超気になる~! 
そもそも共和党の票田は国民のおよそ3割を占めるキリスト教福音派。 
つまりトランプさんは創造論と親和性の高い層に支えられてるのに、進化論を持ち出すことなんて出来るんでしょーか? 

第1講は70ページ以上あるのですが、ワクワクしながら読み進めると… 
ん? 
トランプさんどこ? 

第1講にはトランプさんの名前は3カ所にしか出てきません。 

P.78では、成り上がりのセレブの例として名前が出てくるだけ。 

あとはP.77の 

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トランプとかを含めて、アメリカ人の基本的な発想にはこの社会進化論が今でも底流に流れている。 
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と、P.80の 

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  •  これはアメリカ学ではきちんと教えてくれないことなんだ。アメリカの人種偏見は単に路上で起きているだけじゃない。今はBLM運動とかでアメリカは騒乱状態になっているけれども、警察に撃ち殺されると言う形での人種偏見は分かりやすい。でも、そうではなくて、社会の深層に潜り込んでいて、外から見えない人種差別がある。それが、ここでいう社会進化論なんだ。いわゆる新自由主義経済思想だって、この社会進化論を根っこにしている。それだけアメリカ人のエリートにも深い影響与えている。トランプ大統領の出現にしても、それはこの社会進化論に由来していると言える。 
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…これだけ。 
たったこれだけで『トランプも悪用した「進化論」のロジック』とか言っちゃってんの。 
何ですかこの風が吹けば桶屋が儲かるシステムは。 


ちなみに第7講には『ヒトラー、スターリン、ドーキンス』という小見出しがあります。 
こちらも 
「お、ドーキンスがヒトラーやスターリン並みのやらかしを…?」 
と思っちゃいますよね? 
ところがこの部分は要約すると以下の程度のことでしかありません。 

●物理学者のフリーマン・ダイソンが宗教分野でのテンプルトン賞を受賞し、ヒトラーもスターリンも無神論者であることに言及。 
ドーキンスはこれに反発し、『世界でもっとも代表的な物理学者の一人による宗教の承認』であると述べた。 
●無神論といっても、何も信じないヒトラーと、無神論を内包する共産主義を信じるスターリンは違うよね 
●宗教は酷い事をしたけど、無神論者だってそれ以上にひどいことしてるやんけ、とマクグラスは指摘している 


…またタイトルだけ大げさな羊頭狗肉システムかよ! 
あ、マクグラスという人については後述します。 




続いて第1講で気になるのは↓ココ。 

P.44 
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パラダイムは徐々に変化していくのではなくて、非連続に交代していく。つまり、断絶があって発展していく。この考え方というのは実は、ダーウィンの進化論にもひじょうに親和性が高いよね。 
ダーウィンの考え方では、ヘビのような動物が鳥のような動物に進化していくプロセスはかならずしも連続的ではない。ある時点で突然変異が起きて、バーンと跳ね上がるような形で進化が起きる。だから、パラダイム論というのも進化論とひじょうに似ている。 
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この話はP.64でも繰り返されます。 

…でもダーウィン進化論の本質は「ちょっとずつ変化する」という『漸進主義』(グラデュアリズム)ですよ? 
そもそもダーウィンの着想の根本にあったのは『斉一説』を唱えたライエルの著書『地質学原理』だし(その件は本書のP.52でも触れられてるんですけどね…)。 
『斉一説』というのは、「地形は主に風化や浸食など小さな力が長年かけて作る」という説のことです。 
これに対して「火山や地震などによって急にできる」とするのが『激変説』。 

遺伝学は当初、「形質って急に変化するよね…ダーウィニズムとは相性が悪いなぁ」と思われてました。 
遺伝学イケイケの時は「ダーウィニズムはもう古い!」みたいになって死に体だったのです。 
しかしその後、ダーウィン進化論と遺伝学は統合され、『総合説』が生まれました。 
まぁ「急に変化」つってもマクロな目で見ればごく小さな変化だしね…。 

ちなみに私が進化論に興味を持ち始めた80年代にも「ダーウィニズムはもう終わり」とか言われてましたが、それから四半世紀経ってもその兆候はありませんね…。 

なお、突然変異によってクソデカ進化が起きるという『跳躍説』というのもありますが、今ではダーウィニズム嫌いの人がたまに持ち出すくらいで、真面目に信じる人はほぼいません。 
ゴールドシュミットという人が「すっごい変異体のことを『将来有望な怪物』と呼ぼうぜ!」とか言ってて、ネーミングはロマンいっぱいだったんだけどな~…。 

さらに後になって、グールドらによって「進化はちょっとずつ進むんやない…急速に進化した後、大きな停滞があるんや!」という『断続平衡説』が唱えられました。 
コレは「ダーウィンは間違っていた!」みたいに喧伝されましたが、ドーキンスは「ダーウィンかて進化がずーっと全く同じ速度で起きるとは思ってなかったやろ…そんなんダーウィニズムに対するちょっとした註釈や」と一蹴。 

…という訳で、進化論とパラダイム論はあまり似てません。 

あとパラダイム論自体、科学哲学の世界では今はあまり支持者がいない模様(ソースは伊勢田哲治『科学を語るとはどういうことか 科学者、哲学者にモノ申す 増補版』P.74)。 



…という訳で、第1講を読んだだけで結構アレな本ということが判ったので、後はドーキンス批判が続く第7講を何ヵ所か拾い読みする程度にとどめておきます(それでもすごい量)。 




で、第7講が始まる直前、P.442で佐藤優は 
『ドーキンスの主張を直接読むのではなく、ドーキンスを批判しているマクグラスの著作を扱う』 
と言い出します。 

このマクグラスという人は神学者ですが、元は生物学者&マルキストだったとのこと。 

そういやドーキンスのライバルだったグールドも、生物学者でゴリゴリの左翼で宗教に寛容だったよね… 
しかもドーキンスはマクグラスの批判に賛成できないとする一方で、マクグラスがドーキンスの主張をまとめる手腕は評価している模様… 
このスタンスもグールドとの関係に似ててワロタ。 
そらバトるわ。 


第7講で盛んに引用されるのはこのマクグラスの著作『神は妄想か?―無神論原理主義とドーキンスによる神の否定』。 
ちなみにその本の帯にはこうあります。 

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信仰とは非合理的なことなのか? 科学と宗教は敵対するのか? 科学者は神を信じないのか? 宗教は必然的に暴力と結びつくのか? ベストセラーとなった『神は妄想である』の著者で、熱烈な無神論者・反宗教主義者・科学的合理主義者として知られるリチャード・ドーキンスの主張を一つ一つ丁寧に検証しながら、キリスト教信仰の妥当性を探る。 
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…まぁ神学者だけあってキリスト教擁護の本だと認めてる訳ですね。 

で、ドーキンスを直接引用せず(孫引きはあるけど)、マクグラスのドーキンス批判本を引く…つまりは借り物の議論で話を進めちゃうぞ~、と宣言しちゃったも同然の佐藤優はちゃんとドーキンスを読んでるんですかね…? 
なんかP.67では『遺伝学者のドーキンス』と言っちゃってて、基本的なトコからして間違ってるんですけど。 
ドーキンスは普通、進化生物学者か動物行動学者(エソロジスト)扱いでしょ…遺伝学は違いすぎ。 

なお、P.456では『われわれ神学者』と言ってるので、佐藤優は自らを神学者だと認識している様です。 
…そうなん? 



さて、ここからようやく第7講の内容について。 



P.448ではドーキンスを『科学主義』として批判が展開されています。 
「科学を万能だと思うなよ」的な、よくある議論ですね。 
でもドーキンスは、ヒトが進化の産物ゆえに認識しがたいことがあることはちゃんと認めてるんですけどね… 
我々はヒトが扱うスケールや時間を認識しやすくデザインされているので、地質学的時間、天文学的な距離や確率、量子レベルのスケールで起きる事象を扱うのは苦手なのです。 
ドーキンスは批判者を先回りして、自説の限界やその理由をちゃんと述べる人なんよね… 
なので、「それについては私の著作をちゃんと読んでね、それについて書いてあるから」で話が終わりがち。 

あと科学に限界があろうがなかろうが、宗教はそのかわりにはならないですよ? 
オカルトさんはよく「科学にも解明できないことはある」とか言いますが、だからといって科学で解明できないことがオカルト的手法でなら解るってコトにはならんわな…それと一緒です。 


このドーキンスの先回り反論はP.454あたりでも披露されます。 
ここでマクグラスの 
「『遺伝子が道具として個体を使う』と『個体が道具として遺伝子を使う』、両方の見方が可能ではないか」 
という批判が紹介されるのですが… 

そもそもドーキンスはマクグラスに言われるまでもなく、最初の著書『利己的な遺伝子』においてネッカーキューブ(2種類の見方ができる立方体を描いた図形)のアナロジーを持ち出しています。 
つまり 
「淘汰される単位は個体なのか、遺伝子なのか? 
それは見方によってコロコロと入れ替わるが、どちらも正しく、等価なのだ」 

という主張です。 
この時点ではドーキンスは『利己的な遺伝子』という概念は「より良く理解するための見方を提供するもの」であり、実証にはなじまないことを認めていました。 

しかし2冊目の著書『延長された表現型』においてはさらに歩を進め、『個体が道具として遺伝子を使う』という個体選択論ではなく、『遺伝子が道具として個体を使う』という遺伝子選択論こそが正しいのだ、と主張するようになっています。 
例えば分離歪曲因子(セグレゲーション・ディストーター)など、個体を犠牲にして自らのコピーを最大化する利己的DNAの存在は、個体選択では説明できないですからね…。 

「個体か遺伝子か」という議論は「卵が先か、鶏が先か」という議論に似ていますが、ドーキンスはそれについては遺伝子の変化が進化をもたらすのだから卵が先だとしています。 
さらにドーキンスは 
『鶏は卵が別の卵を作る手段に過ぎない』 
というサミュエル・バトラーの言葉を引用し、 
「卵を遺伝子に、鶏を個体に置き換えればこれは正しい」 
的なことを言いました。 


ちなみにこの部分で佐藤優は 
「神学では複数の解釈が併存するのはよくある」みたいなことを言い出し、さらにP.459では 

「神学は結論ありき。 
でも科学はソレ真似しちゃダメだよね」 


みたいな話をし、さらにP.471あたりでは、 

「神学は独断論で主観やナラティブ(モノガタリ)がベース。 
自然科学は不可知論から始まり、ゼロから考え、『天動説→うまく説明できない→地動説→でも太陽系自体が動いてるよね?』と常に結論を留保する。 
なのにドーキンスって独善論だよね」 


みたいな話も出てきます。 

ドーキンスが独善論かどうかはさて置くとして、 
「神学は複数の解釈があってもいいけど科学はソレしちゃダメ。 
神学は結論ありきだけど科学はソレしちゃダメ。 
神学は独断論だけど科学はソレしちゃダメ」 

というダブスタが超気になる~! 

あと不可知論って「そんなことはどうやったって人間には解らない」という立場なのでは… 


ついでに言えば、 
「自然科学は不可知論から始まり、ゼロから考え、『天動説→うまく説明できない→地動説→でも太陽系自体が動いてるよね?』と常に結論を留保する」 
というのも怪しい気が… 
そういう素朴な科学観が成り立たないからこそ出てきたのがクーンのパラダイム論で、そのパラダイム論を第1講で持ち出したのは他ならぬ佐藤優ですよね? 
あと天動説は周転円とか導入してかなり頑張ってたし、「うまく説明できない」ってコトはなかったんじゃ…。 



P.461ではマクグラスの 
「多くの人は神を信じてる、というデータは、科学者は神を信じてないとも信じてるとも解釈可能ではないか」 
的な話が紹介されますが… 

そんなん本気で知りたかったら一般人ではなく科学者にアンケート取れや、としか…。 



P.466ではマクグラスの 
「無神論が科学に基づくのではなく、無神論者が科学に無神論を持ち込んでる」 
的な主張を、佐藤優が 
「つまり無神論寄りの人が科学者になるってこと」 
的に要約しちゃってますが… 
その2つは別のことなんじゃ…。 

それはさて置くにせよ、依然として科学者に無神論者の割合が高いことは変わりないですよね? 

あと
「無神論が科学に基づくのではなく、無神論者が科学に無神論を持ち込んでる」 
とか言い出すなら、科学者の中にも宗教信者がいることだって 
「有神論が科学に基づくのではなく、有神論者が科学に宗教を持ち込んでいる」 
とも言えますよね? 
科学者といえども伝統的・文化的な宗教の影響は強力で避けがたく、その残滓を払拭できてない人もいる、ってだけでは…? 



   ※字数制限により、次回に続きます




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