2022年03月26日


※前回の続き。 


(承前)





【その他】 

P.129 
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つまり、顔などの外見を整形によって変化させると、個体識別の手がかりが揺らいでしまうので、信用を欠く恐れがあるのです。 
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…別人レベルになる整形ってなかなかないぞ。 


P.160 
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占いに頼る傾向があるのは圧倒的に女性なのですが、それにも生物学的な理由があります。 
前述したように、男性は「精子バラマキ戦略」なので、「あの娘とセックスできたらもう死んでもいい」などとつぶやくのです。実際、(※9)女性にゆだねて子孫を残す道筋が一応確立できたとすれば、役割を終えてもいいと感じるのです。なんとも自分勝手ですね。 

向こう見ずな人も男性に多いですよね。冒険して、多少死んでしまっても、精子の数は十分にあるので成功率の低いことにイチかバチかで挑戦するように男性は進化しています。 

一方で女性の方は、自分の子供を産んで育てないと子孫が引き継がれません。未来を考えて、自然と行動が慎重になるのです。 

慎重なのは良いことです。今、上場企業では役員会議のメンバーの女性の割合を高めようと努力しています。これまでの男性ばかりの会議では、誰かの「鶴の一声」で、あまり検討せずに物事が決まってしまう傾向がありました。成功率の低い挑戦的意思決定が行われやすくなっていたのです。 

会議に女性が多くなると、さまざまな可能性を慎重に検討する傾向が出現します。検討する分、会議に時間がかかるというデメリットもありますが、トータルの成功率を上昇させる効果が期待できるのです。 

決断ができないことを「優柔不断で決断力がない」などと批判する向きがありますが、失敗ばかりする決断ならば、しない方が良いに決まっています。「占いなんて」と軽んじる人は、時には占い師に相談するくらい慎重になってみるのがいいでしょう。 

(※9) この典型例が、メスとの交尾中にメスに食べられてしまうカマキリのオスです。子孫に栄養分が引き継がれるので、遺伝情報伝達の効率化のために機械的に進化しました。機械的作用から、これほど慈愛に満ちあふれた行動が生まれるのも驚きです。 
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…男性ばかりの会議だと挑戦的決定になるので、女性を入れて慎重論を取り入れる…? 
普通、会議って同じメンバーばかりだと失敗の少ない慎重論ばかりになるから、外部の人を取り入れて風通しを良くするもんじゃないの? 

あと「会議に女性が多くなると時間がかかる」って森喜朗かよ。 
仮に女性の話が長い傾向にあるとしても、じゃあ効率を無視して会議をやたら設定するのは、政治力のアピールが好きな男性の得意技じゃないんですかね…? 

あと『時には占い師に相談するくらい慎重になってみるのがいいでしょう』って、占いに頼ることが成功率の高い慎重論なんですか…? 
とても懐疑主義団体の人とは思えないのですが…。 

カマキリのオスがメスに喰われる確率は、ある研究によれば13~28%です。 
オスを食べたメスが栄養的に有利になることは事実の様ですが、それがそんなに有利なら、もっと積極的に食べられに行っても良い筈では? 
オスはメスから逃げおおせれば、別のメスとも交尾でき、その方が明らかに有利そうですよね。 
結局、オスにとっては「巻き込まれてもそれほど損はしないが、出来れば避けたい事故」くらいのものでは? 
頭を喰われて失ったオスは交尾行動を抑制する中枢を失い、それまで以上にセックスマシーンと化しますが、これも積極的な適応というよりは、たまたま昆虫の神経系がそういう構造になっていただけで、共食いにはおあつらえ向きだったので選択によって取り除かれなかったのかも。 


P.171 
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期間限定を買うか買わないかの判断も同様に、将来と現在の比較の問題なのです。これには、画一的な解決法はありません。適度に今を楽しんで、適度に将来への備えをしておくバランスが大事になります。 
だから、今を楽しむために、期間限定を買うのもアリなのです。 
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期間限定って、「将来のために資源を取っておく」というマシュマロ・テストみたいな話じゃなくて、「今しか買えない」という機会損失の問題じゃないですかね…? 

あと、本書には「ヒトは二つの相反する性質を持つ。それはその性質がそれぞれ別の時代に獲得されたからだ」といった形の説明が頻出します。 
挙げていくとこんな感じ。 


P.176 
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しかし、その機能の中には、互いに矛盾しているものがあります。例えば浮気心と貞操観です。前者は森で生活していた乱婚の時期に進化し、後者は草原で協力集団を形成していた時期に進化しました。 
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P.182 
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多くの動物と同様に、ヒトの祖先でも、オスがディスプレー行動をして、オス同士で張り合っていたと推測できます。ゴリラと同様に、ヒトでもオスの体格がメスより平均して大きいのはその名残です。しかし、狩猟採集時代に一夫一婦制が導入されると、魅力的なオスをめぐってメスが競争する状況も生じ、メスのディスプレー行動も強く出現しました。 

もともと、子孫へ引き継がれたディスプレー行動の遺伝子は、男女両方が備え持っていました。旧来は、性ホルモンによって男性に際立って顕在化していたものが、両性に顕在化するように進化したのです。 
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P.188 
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人類は、狩猟採集時代の協力集団では、闘争が少ない平等社会を築いていました。しかし、それ以前のサルの時代までに、階層社会を形成していた時期がかなり長かったようです。その結果、私たちの心には「何かと他人のウエを行きたい」と思う心理が隠れています。 

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P.196 
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しかし狩猟採集時代時代ではまだ、この種のウソのメリットは大きくありませんでした。偽装が偽装であると分かってしまう社会だったのです。例えば「獲物の群れを見つけたぞ」とウソを言っても「今度はちゃんととってきてくれよな」で終わりです。言うばかりでとってこない人は、「そういう人なんだ」と思われるだけです。 

ところが言語の発達を迎え、容易に嘘がつけるようになってきました。例えば「俺は昔マンモス狩りに成功した」とジェスチャーで伝えるには、マンモスの骨を握って見せでもしないと通じませんでした。それが「マンモス」という言葉で通じるようになると、マンモス狩り上手を容易に偽装できるのです。 

文明の時代になって、言語が主なコミニケーション手段になり、見知らぬ人々とも交流が始まると、ウソが本格的に起始めました言語によって嘘が容易につけるになったうえに、すぐにはバレない事態になったのです。 

また私たちは、ウソを見抜くことが非常に不得手です。私たちの能力の大枠が確立した狩猟採集時代では、ウソに効果があまりなかったのでウソをつく人が少なく、そのため、ウソを見抜く能力も進化しなかったのです。 
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…あまりにも簡単に行われるえげつないキメウチ。 
こういう説明がダメだとは言いませんが、検証抜きであまりに安易に持ち出されるとちょっと…。 
何でも説明できる理論は何も説明しません。 
これらが原理的に絶対に反証不能とは言いませんが、現時点では反証する方法はなさ気ですよね。 
それを利用して好き放題言うのは、「反証可能性がない議論」にかなり近いでしょ… 
しかもそれが、これまでに挙げた様に(そしてこれからも挙げていく様に)、問題の多い人物によって持ち出されてるとなると、眉に唾を塗りたくなっちゃうよね。 

進化心理学は「この形質は○○への適応だ」という適応論がベースなので、何にでも適用できちゃいます。 
そのため、「何でも無理やりこじつける『なぜなぜ物語』だ! パングロス主義だ!」と批判されたりもしてきました。 
私もこの種の「ぼくのかんがえた進化心理学的理由」を得意げに披露しちゃうことはあります。 
でも一方で、例えば「つわりはデリケートな妊娠中に毒物を摂取しないための適応」とか言われると「妊娠中はいろんな目的に為にいろんなホルモンが出まくるから、その副作用、で説明してもええんちゃうかなぁ…」と、パングロス主義に陥らないための批判的思考もしているつもりです。 

チコちゃんで進化心理学を披露するなら、多くの人はそこで初めてこの分野と出会う訳ですから、思いつきみたいな話よりはちゃんと論文くらいは出ている説にしておいた方が良かったのでは… 
最近のNHKは誰かの研究に基づいた解説を行う際は、研究者名や論文名を小さくクレジットしますが、チコちゃんにはそういうのはありませんでした。 
思い付きを垂れ流すだけだったら竹内久美子と同じでしょ…。


P.201 
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つまり、きょうだいは基本的に相互に助け合う関係なのですが、自分に来る利益がきょうだいへ行ってしまうと、「利益が半分になった」と感じるように生物学的に進化します。だから、遺産相続などの場合に、骨肉の争いになるのです。 
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個体が「利益が半分になった」と感じる必要はありません。 
擬態生物だって「苔に似せたろ!」とか意識的に考えて似る訳ではないでしょ…。 
生物学では「この戦略を選ぶ」といった擬人的表現がよくありますが、コレは文脈上、その様には読めませんよね…。 

この問題はドーキンスの『血縁淘汰に関する一二の誤解』の「誤解12 動物は血縁係数に比例した量の利他主義を、各血縁者に分け与えると期待される」で述べられています。 


P.218 
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子どもに限らず、大人になっても私たちは、「振る舞いに一貫性があるべきだ」と考えがちです。そのため、しばしば「自分の揺らぎ」が不安に感じられます。これも狩猟採集時代の協力集団に由来します。協力集団では分業が行われていたので、仕事の割り当てに対して、責任ある一貫した態度が必要だったからです。 

たとえば、息を殺して茂みに隠れるのが得意な人は、狩猟における「待ち伏せ役」を割当てられたでしょう。追い立てられた獲物を確実に仕留める役です。しかしその待ち伏せ役が狩りの最中に突然動き回ったらどうでしょう。それは本来「追い立て役」が取る行動です。 
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…狩猟採集時代に求められたものは、何かのスペシャリストであることよりも、何でも満遍なくできるゼネラリストであることじゃないですかね…? 
どんだけ行動に可塑性ないねん。 



ちなみにこの『生物学的に、しょうがない!』、某書店で精神世界コーナーに置いてありました。
IMG_4048
画像左上の方にありますね。
周囲がトンデモさんだらけや!…適切な配置。










※石川幹人についてはこれから何回かシリーズでお届けします。 




(00:06)

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