2021年06月03日
2015年にこんなmixiニュースがあった。
■「そうだ難民しよう!」の漫画家がイラスト集発売へ
(THE PAGE - 11月06日 20:01)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=177&from=diary&id=3700457
(現在はリンク切れ)
このニュースについたボイスのうち、「騒いでる奴は図星なんだろ」的なものが「イイネ!」獲得数 上位10件中3件もあった。
でも批判があることを「批判が正当でないことの証拠」にするのは、「証拠がないことこそが陰謀が存在する証拠」と言い張る陰謀論と同じで、倒錯した論理よね…。
要するに
「わしはアインシュタインの相対性理論の間違いを発見した!」
と主張してフルボッコにされたトンデモさんが
「これだけ批判があるということは、相対性理論が間違いだと困る者が沢山いるという証拠…つまり学者どもは自分の立場を守るために決して間違いを認めようとしないが、わしが正しいということじゃ!」とか言ってるのと同じ。
こういった倒錯した論法はネトウヨさんの主張のあちこちに散見される。
「何もかも中韓が悪い」というのもそうだ。
ネトウヨさんの主張は例えばこういうものだ。
「在日は悪い」→「したがってあの犯罪の犯人は在日に決まっている」→「犯人は在日なのでやっぱり在日が悪い」
コレ、よく考えると「在日が悪い」の根拠が「犯人は在日」で、「犯人は在日」の根拠は「在日は悪いから」…
つまり「在日は悪いから悪い」と言っているだけ。
最初の前提に結論をこっそり組み込んだ論点先取なんだよね。
要するに同じところをぐるぐる回っているだけの循環論法。
こんな破綻した論法でも、内側では整合性が取れている。
論点先取は循環論法であり、循環論法は同義反復(トートロジー)の一種であり、トートロジーは別名「恒真式」なのだ。
同義反復は例えば「私は私である」といった、当たり前のことなので矛盾を含まない。
なのでネトウヨさんの論理に一度取り込まれると、その主張の何もかもが正しく思えるのも無理はない。
「新たな視座で世界を眺めまわし、あらゆることを再解釈したら、これまでとは全く違う世界像が見えてきた… 」
その体験は強烈であり、実に有意義に思えるものだ。少なくとも本人にとっては。
これらは科学が我々を高揚させる、あの感覚と同じものだ。
だがその感覚は科学だけでなく、オウム真理教の宗教的法悦からも得られる。
この素晴らしい感覚をもたらす、ただそれだけではそれが「真理」であるとは言えない。
むしろヒトをうっとりさせるのは間違った体系であることが多い。
問題は内部の無矛盾性ではなく、外部との整合性だ。
懐疑主義者としても知られたスティーヴン・ジェイ・グールドはこんな意味のことを言っている。
「矛盾のない体系を考えるくらいバカでもできる。要はそれが現実と合致するかだ」
また、かのファインマンさんはこう言ったという。
「あなたの理論がどれだけ美しかろうが関係ない。あなたがどれだけ賢かろうが関係ない。もしそれが実験結果と合致しないなら、それは誤りだ」
ネトウヨさんの世界観はご本人たちにとってはひどく心地の良いものなのだろうが(選民思想だしね)、現実との整合性は甚だ低いと言わざるをえない。
こういったおそろしく倒立した論理に頼るしかないのが実情なのだから。
(22:04)








