※このエントリは性的な表現を含んでいます。
一般的に言って「性的」かどうかは分かりませんが。






今回はサブカルチャー系の本を紹介する。



昨今はサブカル流行りであり、大型書店に行けば「サブカルチャー」という本棚まであって、「サブカルってナーニ?」という人でもうんざりする量のサブカル本を目にすることができる。

本来、サブカル本というのは「分類不能な本」であり、様々な本棚を渉猟して自分の手で探すものだったのだが、便利になったものだ。

一方で「これがサブカルでございます」とばかりにお仕着せで商品を並べられるのは味気なく、やや寂しいことでもありますな。

これが面白い本を意欲的に集めた店の個性が滲み出た本棚ならまだしも、大抵の書店では売れ筋の本を並べただけの、どこの店でも似たりよったりの金太郎飴状態になっていてなんともやるせない。

そういった店に並んでいるのはセンセーショナリズムにはしったSEXマニュアルや風俗嬢の告白手記ばかりで、一体これのどこがサブカルチャーなのかと問いたくなる。
サブカルチャーとはエロネタの便利な言い換え語ではない筈なのだ。

という訳で、今回取り上げるのは私が自分の足で捜し当てた、これぞ隠れた名作と言える一冊である。


その本とは…

『私がテレフォンセックスで出会った凄まじき性癖を持つ漢たち』


…すみません。
でもタイトルに反して内容はめちゃめちゃ感動的なんですよ!
少なくとも私にとっては。

著者は元ナンバーワンテレフォンセックス嬢・菊池美佳子。
テレフォンセックス嬢というのは要するに素人を装った、店のサクラである。
本書は著者――仕事では「ミカ」と名乗っていたそうなので、ミカさんと呼ばせていただく──が7年の勤務で(電話回線上で)出会った男性客の様々な、珍奇な性癖を紹介したものである。

なにしろテレフォンセックスなので、現実には叶えることが困難だったり不可能だったりする妙なプレイを希望する客もいるのだ。
それらの中には発想がぶっ飛びすぎてて全く理解できないものもある。

私が本書を購入したのも、そういった人類の想像力の限界に挑んだ性的ファンタジーのカタログとして面白いかもしれない、と思ったからだ。


だって1回のプレイでこんなこんな設定を山盛り要求してくるお客さんとかいるですよ?


【前半】
ミカさんはOLという設定。男性の睾丸を崇拝し、頬摺りしたりする。

【中盤】
男性の前で習いたての格闘技を披露し、その最中に事故で睾丸を蹴ってしまう。
睾丸は蹴られると落っこちる、という驚愕の世界観。
片方の睾丸を落っことした男性は悶絶、体のバランスが取れなくなる。
男性の体をよく知らないミカさんはバランスを取ろうともう片方の睾丸も蹴り落とす。
ていうかそんな男体の神秘、私も知りませんでしたよ!

【後半】
一旦電話が切れ、もう一度かかってくるとミカさんは「男性の睾丸は醜いと信じ、通り魔的に男性の睾丸を蹴り落としまくってる悪の女王」という設定にチェンジ。
しかし先ほど蹴り落とされた筈の彼の睾丸は驚異の再生を遂げ、狼狽した女王は成敗される(具体的にはレイプ)。



うわぁ、オリジナリティー溢れすぎ…
「世界は奇怪な蟲たちの棲む巨大な菌類の森・腐海に沈みつつある」とかいう有名作品の設定なんてメじゃありません。
常識を軽々と超越した驚異の世界観!

ちなみに最初に睾丸を蹴り落としたのは女王ではなくOLミカさんだった筈だが…いんだよ、細けぇことは


本書にはこういった男性の個人的すぎる妄想が煮こごりになっている。
ところがそれを描写するミカさん、めちゃめちゃ良い人なんである。

どんなご無体な設定を要求されても、それがどんなに女性差別的な内容であっても…彼女は「それがこの人の性的嗜好なら」と、健気にそれを受けるのだ。

それはもはや「プロだから」とかいうレベルを越えている。

例えば完全に無言の客というのもいて、その人は電話口を「コンコン」とノックする以外、何の音も立てないのだという。
しかし彼女はその「コンコン」さえ、「無言でごめんね…」という彼の気持ちの表れかもしれない、なんて想像してみたりするのだ。

うわぁ、ええ人やぁ…

ちなみにお店はごく普通のスタッフによって運営されているそうで、「お客様は風俗に行くことができない障害をお持ちの方かもしれないから」と誠心誠意のサービスに努める様、アドバイスしてくれたりする。

どの業界もそうである様に、良い人もいればそうでない人もおり、それが人の営みである以上、そこには美談も多く存在するのだろう。

あ、ちなみにこの仕事をしてる女性たちは普通の水商売や風俗で働くのはちょっと無理めな、見た目の仕上がりがやや残念な方が多く、ミカさんもその例にもれないそうです。


本書には他にも様々な男性とその性癖が登場し、それぞれに驚嘆したり感心したりして楽しめるが、ここではこれ以上は扱わない。

唯一例外として、私が最も感動した話のみ紹介する。
「春川かおる」と名乗る男性客とのエピソードだ。

彼は40歳DTのM男性だ。
それもかなりの真正らしい。


【春川かおる ちょっとイイ話】


40歳DTというだけでいろんな女王様テレフォンセックス嬢から偏見の目で見られ、「この皮かぶり野郎が!」と罵倒されていたが、彼は包茎ではないので、そんな風に責められても興奮できない。
しかしミカさんだけは彼が包茎でないことを信じて「マゾ奴隷の癖に、ズル剥けチ◯ポだなんて生意気ね!」と逆転の発想で責めてくれ、それがいたくお気に召した模様で常連に。


SMクラブにも通っていたが、他の客もいる待合室からプレイを始める女王様に辟易。
しかしその様子を淡々と見ていた受付嬢の視線に興奮。
「受付の事務員さんを指名したい」と交渉するも店側は「あくまで事務員なので」とNG。
その話は本人にも伝わっているであろうに、それでも淡々と受け付け業務をこなす事務員に大興奮。


客は指名した女性が空くのを待つ間に指名した子と先客とのやりとりを盗聴できるシステム。
ミカさんは他の客の前ではMを演じることもあるが、春川かおるはそれを聞いて「M女として扱われてるミカさんに苛められてる自分はMの中のMだ!」と興奮。
ミカさんも「私の悲鳴でチ◯ポおっ勃てるなんて許さないわよ!」と上手くその後のプレイに取り入れていたとか。



そんな彼が急に現れなくなる。
ところが1年後、ミカさんを指名し続けてきたS男性が突然「春川かおるでございます」と名乗る。
そう、彼は一年に渡ってSのフリをしていたことを明かせば、極上のお仕置きを受けられると期待していたのである。
ミカさんはとっさに「知ってたわよ!」とアドリブで返答。
「私が気づいてないとでも思っていたの? 本当に恥知らずなマゾ奴隷ね! お望み通りたっぷりお仕置きしてあげるわ! それに、春川かおるという名前! 本名だとばかり思ってたら杉村春也の『英語教師・景子』というSM小説に出てくるマゾ主人公の名前じゃないの! 調べたのよ! 本当にお前は恥知らずね!」
と罵倒されただけで絶頂に。
以降、主従関係再開。


そんなナイスガイな春川かおるくんだが、別れの時がやってくる。
ミカさんが引退を決心するのである。

一応、素人ということになっているテレフォンセックス嬢が引退する場合、それまでの常連にわざわざそれを告げることはない。
ただある日を境に姿を消すだけだ。
ところがミカさんは一人一人に「家庭の事情でもう来れなくなる」と告げ、きちんと別れの挨拶をするのである。
別れを告げられた春川かおるはミカさんを慰留する。
だがそれが叶わないと知った彼は、こう懇願するのだ。

「僕を、ほかの女王様に譲渡してからこのSM回線を去ってほしい」
と。

ミカさんはそれに応える。
決してハードすぎるプレイや営業優先のやたらに長引かせたプレイをしないであろう、適切な後任を選んで彼を譲渡するのだ。

そして最後の日。
二人のプレイはこんな風に進む。

「私がお前をいたぶるのは今夜で最後よ! 明日からは○○女王様の奴隷として、たっぷり可愛がってもらうがいいわ!」

「ミカ女王様の仰るとおりに致します」

「あら、お前ときたら、自分の意志とは関係なく、私が選んだ女王様に譲渡されてしまうのよ! よくもまぁ、そんな屈辱的で惨めなことが耐えられるわね!」

「ミカ女王様のご命令でしたらどのようなことにも従います」

「そう。随分と感心な心構えだこと。じゃあ、そうねぇ・・・最後にもう一つだけ、お前にとっておきの命令を下してあげるわ! 確かお前は、四十になってもまだ童貞の、恥ずかしいマゾ奴隷だったわね?」

「はい、かおるは四十にもなって一度も女性とセックスしたことのない、童貞マゾ奴隷でございます」

「そりゃ、そうよ! お前のようなマゾ奴隷に、世の女性たちが体を開くわけがないでしょう!」

「はい、ミカ女王様の仰るとおりでございます」

「いいわ、自分の立場をよくわきまえているようね。それじゃ、最後の命令よ! お前は、私がこのSM回線を去ったあとも、そしてお前自身がいずれこのSM回線を去ったあとも、一生童貞のままでいなさい! 一生涯、女性とセックスすることはこの私が禁止します!」

「ああっ・・・かおるは、ミカ女王様のご命令に従い、一生涯童貞でいることを誓います」



その後、彼はもう一度だけ電話をかけてきたという。
プレイのためではなく、本当に最後の挨拶のためだけに。
涙声で。
「もちろんプレイもお上手でしたが、それだけでなく、ミカ女王様のお優しいお人柄があったからこそ、こんなにも長くお仕えできたのだと思います」

応えるミカさんもいつの間にか泣いていた。
ミカさんは最後にこう言ったという。

「新しい女王様によく可愛がってもらうのよ! プレイだけじゃなくて、仕事のほうも体に気を付けて頑張りなさい。プレイにのめり込みすぎて借金などしてはダメよ! テレフォンセックスは、お小遣いの範囲で楽しむものよ」



…なんといういたわりと友愛じゃ。
王蟲が心を開いておる!



春川かおるは…
ミカさんの選んだ女王様に仕える限り。
童貞であり続ける限り。
常にミカさんの命令に忠実な奴隷であり続ける。
それが、ミカさんとの唯一の絆だから。
ミカさんの存在を感じ続ける、唯一の方法だから。

なんという愛。

ミカさんもそれを知っていたから、あえてそう命令したのだろう。
もしいつか春川かおるの前に素敵な女性が現れて二人が結ばれ、ミカさんを忘れていったとすれば、それはそれで幸せなことだ。
だが、そうならなかった時のために。
深い深い闇の中で誰にも救われることのない人間を照らし出す、一縷の光を彼女は与え、そして去っていったのだと思う。


ミカさんの春川かおるに対する気持ちは恋愛感情ではないだろう。
だがそれは確かに、一種の愛なのだ。

一般的には男女はお互いに強い恋愛感情によって精神的にも肉体的にも結ばれることが理想なのだろう。
だが世の中にはそれがかなわぬ人間もいる。
それが同情に基づく極めて希薄な精神的つながりだけであっても。
ただ一言の命令に、どんなにか彼が慰められるか計り知れない。
だって、彼は誰かとつながっていられるのだから。
狂おしいほど愛した女性と、確かにつながっているのだから。
それが彼の全て。
彼のアイデンティティーそのもの。

それは世間の人が思う愛とは少しばかり形が違うものかもしれない。
いわば愛が逆上がりしてしまった状態だ。【註1】
だが逆上がってしまった愛は、しばしば胸を打つ。

これこそがサブカル本だよ!!




…と、熱くなってしまったが、話は少し変わってもうちょっと続く。



清家新一という人物がいる。
随分前に亡くなったので、正確には「いた」か。

彼は学生時代、自分のノートに奇妙な落書があるのを見つけた。
それは(彼の弁によれば)火星人の女性からのメッセージで、「火星は素晴らしいところ。そこで待っています」という意味のことが記されていたという。

普通ならイタズラか何かだと思うところだが、彼は信じた。

そしてこの女性を勝手に恋人だと決め、さらにまたしても勝手に「ガートレットさん」と命名した。

そしていつの日か火星の恋人に会いに行くために、「空飛ぶ円盤」の開発に一生を捧げた。

彼の著書には70年代の時点で「円盤機関始動せり」「空飛ぶ円盤完成近し」といったタイトルが冠せられていたが、実際に円盤が浮上することは最後までなかった。
彼は東大理学部の大学院を出た秀才だったが、その理論は完全にトンデモだったのだ。

彼は「コイルをメビウスの輪にしたものに通電すると磁界内の時間が逆転する」という珍妙な理論を唱え、その磁界に置いた水を「ネゲントロピー水」と呼んで飲用していたが、本人によればおかげで七十歳を越えても夜も現役だったらしい。
仮にメビウスコイルで時間が逆転するとしても、「その影響下にあった水を飲めば若返る」という主張は呪術にしか見えないが。

さらに彼はどういう訳かNHKアナウンサー(当時)の桜井よし子ファンで、ガートレットさんの容姿は桜井女史に似ていると勝手に認定。
週に2回、女史にネゲントロピー水を送り付けるという迷惑行為にいそしんでいたらしい。
清家氏によれば、桜井よし子は「氏の好みの服を着てテレビに登場する」などの方法で秘密のメッセージを氏に送り、「早くあなたの赤ちゃんがほしいの」などとおねだりしてきたという。
それってただの統合・・・いえ、何でもありません。

ともかく、科学的には彼の生涯を賭した研究は全くの無意味だった。
それは間違いない。

では彼の一生は一体何だったのか?
全くの無意味だったのか?


UFOについて「ある・ないを越えたところにドラマがある」という独特のスタンスを取るロックミュージシャン・大槻ケンヂは清家新一の著書を読み、最初は笑い飛ばした。
だが2回目に読んだ時、「妄想上の火星の恋人に会うために何十年も研究を続けるという行為は普通の恋愛以上に人間的なのではないか?」と気付き、落涙したという。

この様に、人並み外れた情熱は時として人を感動させる。
例えその方向性が激しく間違っていたとしても。

まぁ大槻ケンヂは当時、自律神経失調でいろいろナーバスになっていたからなぁ・・・


そんな彼は後にトンデモ発明家を肯定的に取り上げた歌「機械」を作詞している。【註2】

こんな歌だ。

https://www.uta-net.com/song/146533/



…きっと春川かおるの目にも、くっきりと見えたのだ。
電話回線のその向こう、白く輝く、天使の翼が。

そう信じたい。







なお、最後に告白しておくと、ミカさんに教えられるまでもなく私には「春川かおる」なる名が『女教師・景子』から取られたものだということが判った。
だってこの本、高校生の時に授業中こっそり読んでたし。
しかも一度手放したものの「初期衝動には忠実でなければ!」と思い直し、古書店を探すも名作故に手放す人が少ないのかなかなか見つからず、15年がかりでやっと再入手した本なのだ。


まぁ私もどちらかと言えば「向こう側」の人だし。









【註1:愛が逆上がりした】

この表現は、私にサブカルチャーの面白さを教えてくれた、とり・みきの漫画『愛のさかあがり」へのリスペクトである。


【註2:『機械』】

こういった珍発明をするトンデモさんは世界中にいるが、この歌に影響を与えたのはこの清家新一のエピソードと、ケイト・ブッシュのPV「クラウドバスティング」だと思われる。
「クラウドバスティング」の元ネタは怪しげなトンデモ発明品「クラウドバスター」だ。

フロイトの高弟、ウィルヘルム・ライヒは性エネルギー「オルゴン」なるものを提唱(ちなみにオルゴンは性的絶頂を意味するオルガスムスから名付けられたという)。
これを放射することで雨雲を生成・消滅させるという気象兵器「クラウド・バスター」を開発した。
彼はガチで「これでUFOを撃墜するんじゃーい」と主張していたらしい。
それってただの統合・・・いえ、何でもありません。

「クラウドバスティング」はライヒとその発明品をロマンティックに、見事に映像化している。

なお、ウィルヘルム・ライヒの名は『機械』にも登場する(歌詞カードには載っていないが)。